Shangri-La 06

06.Daydream Believer

 昔なら、この時間は教会で熱心に祈りを捧げていただろう。不格好なサニーサイドアップを皿に載せながら、スティーブは大きなあくびを一つ溢した。信仰を完全に失ったわけではないが、以前ほどの熱はすっかり失われていた。なにしろ、北欧神話に聞こえた兄弟神の正体は宇宙から来たエイリアンだったのだし。
神の正体について思いを馳せながら二つ目のサニーサイドアップを焼き終えるころ、リビングのラジオが軽快に鳴り出した。つまり、バッキーが目覚めた合図だった。いまだテレビよりもラジオと新聞を好む年寄り二人の朝はこうして始まる。
「……よお、いい心がけだな」
腰を庇うようによたよたと現れたバッキーが、皮肉っぽく唇を曲げてスティーブを見た。普段朝食を作るのはバッキーの担当で、今日のこれはつまり、スティーブなりの気遣いと謝意の現れである。
「その、うん。反省してます」
よろしい、と尊大に言ったバッキーが、丸めた朝刊でスティーブの尻を叩いた。昨日のあれがこの程度で済むのだから、バッキーはとても寛大な男だと改めて思う。そんな寛大さと彼の愛情深さに見合う自分でありたいし、自分も同じだけの愛情と信頼を彼に返せているといいな、とも思う。だから今朝はいつもよりすこしだけ品数の多い食卓を囲んでもらうつもりだし、バッキーが望むのなら部屋の掃除やリネンの洗濯だってやるつもりだった。
「じゃあついでに掃除機でもかけてもらうかな。腰が痛くてかがめねえんだ」
「仰せのままに、女王様」
サラダ用のレタスをちぎりつつ、あくびをしながら新聞を広げるバッキーを目で追った。歩きながらざっと一面に目を通し、障害物を器用に避けてソファーへ座る。けれど、目を惹くような記事はなかったようだ。畳んだ新聞をテーブルの上に放って、退屈そうにあくびをひとつ。だらしなく肘置きにもたれかかって、もうひとつ。
「先にコーヒー飲む?」
含み笑いで尋ねると、眠たげなブルーグレーが億劫そうにスティーブを映した。
「だれのせいだと思ってんだよ」
「はいはい、僕のせいです」
幸福に形があるとすれば、それは多分、眠そうなバッキー・バーンズの姿をしている。あるいは、日向で丸まった猫のような。
「買い出しだけど、何時に出る?」
食器棚の奥に眠っていたモーニング・プレートのうえに、端の焦げたサニーサイドアップを滑らせる。それから分厚いトーストを三枚ずつと、ボイルしたチキン。サラダはおおきなボウルにざっくりと盛り、デザートには頂き物のフルーツをたっぷりと。どれもなんとなく不格好だが、バッキーは多分笑って許してくれるだろう。
「昼前に出かけて、ランチは外で食おうぜ」
「もう昼飯の話か? よほど腹が減ってるんだな」
「誰かさんのおかげで体力使ったからな」
軽口を叩きあいながらダイニングに掛け、二人揃って不格好なモーニングを囲む。バッキーはちょっとだけ眉を寄せてサニーサイドアップを見たけれど、すぐに口角を上げてにんまりと笑った。「お前にしちゃあ上出来」だ、そうだ。お祈りは省略して、めいめい気の向くままにフォークをすすめる。見た目はともかく、味はそれほど悪くない。なんて自画自賛しながら。
でも結局、一番おいしかったのはサムに分けて貰ったネーブルオレンジだった。最後の一切れはバッキーに譲って、それからもう一仕事。コーヒーはバッキーに任せ、スティーブはキッチンの後始末に立った。それほどかからずに洗い物を終え、リビングに戻る。と、すぐにスティーブの唇から苦笑がもれた。
「おい、寝るなよ」
テーブルにはマーブル模様を描く二つのマグ。ソファーには横たわったバッキー・バーンズ。広いまぶたが半分ほど落ち、唇はだらしなく緩んでいる。
「寝てない……」
「うそつけ、寝てたろ」
ほんの少し上がった口角が、バッキーの機嫌をあらわしている。ずいぶんと、気持ちがよさそうだった。眠り姫というにはいささかむさくるしい頬にキスをおとす。まばらに生えた髭の感触が唇を刺激し、そのむず痒さにスティーブも笑った。
「ほら、起きて。髭くらい剃ってこいよ」
「だから、おきてるって……」
バッキーの目は相変らず閉じかかったままで、ご機嫌な猫のように鼻をこすり付けてくる。しばらくそのまま触れ合いながら、スティーブは幸せというものをじっくりと噛みしめた。地球は全然平和ではないし、キャプテン・アメリカは日々任務に忙殺されている。でも、このソファーの上だけはいつも平和で、幸福そのものだった。

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