I Wanna Be Your Dog

※なんでも許せる方向け

 セバスチャン・スタンはクリス・エヴァンスのことが好きだ――たぶん。ついそんなふうに予防線を張ってしまうのには訳があって、つまりこの思いはどう考えても一方通行なのだった。その事実をはっきり認めてしまうということは、同時にセバスチャンの敗北も意味する。自分だけが一方的に彼のことを好きだと――それもどうしようもなく――認めるのには勇気がいった。関係の破局はこれまで何度も経験してきたけれど、恋人のポジションすら得られないまま一方的に振られた経験は残念ながら一度もない。
 けれどもし、もし奇跡的にクリスの恋人になれたなら、セバスチャンはきっとどの女より物分かりよく従順なパートナーでいつづける自信があった。クリスが求めてくれるのなら自分がボトムでもいっこうかまわないし、仕事に支障しない限りどこへだっていく。束縛も嫉妬もしない。SNSをチェックしたり、共演者との仲を詮索したりもしない。浮気なんてもちろんしない。クリスの嫌がることは絶対にしない。神に誓ってもいい。
「――言ったな?」
 酒の勢いというのは恐ろしいもので、セバスチャンは自分がとんでもないことを言ったのだと悟るのにしばしの時間を必要とした。いい具合に火照っていた体温は一気に冷め、夢と現実のあいだをうろうろとしていた意識が急に現実へと引き戻される。
「あー、えっと……その」
「なに? 冗談でした、とか言わないよな?」
 どうにか誤魔化せないだろうか、という浅はかな考えはすべて見透かされていたようで、向かい合わせに座るクリスの青い瞳が咎めるようにセバスチャンを射ぬいた。逃げ場はない。なにせここはクリスが宿泊するホテルのリビングで、今夜は二人きりで一晩中酒を飲む約束をしていて、つまりここにはクリスとセバスチャンのほかに誰もいないのだから。
「……でも、気持ち悪いだろ?」
 お願いだから忘れてくれ、とセバスチャンは言った。クリスは首を横に振り、まるでどこかにカメラでもあるかのような完璧な顔で笑う。何度も何度も繰り返し見た、クリスお得意の作り笑顔だ。
「気持ち悪くないし、忘れない。――忘れて欲しいのか?」
 クリスが言う。セバスチャンは答えられなかった。めいっぱい都合よく解釈するなら、もしかすればクリスも自分と同じ気持ちなのかもしれない。そうでないとすれば、かなり悪質な嫌がらせだった。本気でないのなら、なに食わぬ顔でただの共演者に戻って欲しかったし、クリスの演技力なら造作もないはずだ。それがだめなら、いっそ冷たく突き放して欲しかった。曖昧な言葉遊びのような返事はかえって不安を煽るだけだ。
「なあセブ。いつから俺をそういう目で見てた?」
 セバスチャンのほうへ身を乗り出したクリスが、わざとらしいほど不思議そうに問う。こいつ、気付いてたんだな――セバスチャンは思った。そうに違いなかった。
「……わからないよ、そんなの」
「どうして?」
「どうしてって……当たり前だよ。君はいつもそうやって理屈っぽい話をしたがるけど、恋愛ってそういうものじゃないだろ」
 組んだ脚を落ち着きなく揺らしながら答えるセバスチャンを、クリスの冷静な目がじっとみつめる。見られていると思うとますます落ち着かなくなって、セバスチャンは酒と緊張でひび割れた唇を乱雑に舐めた。
「じゃあ質問を変えよう。俺のどんなところが好きなんだ?」
 これなら答えられるだろ、とクリスが笑う。
 セバスチャンはクリスが時折みせる子供じみた残酷さや無神経さも愛しているけれど、これはどう考えても悪趣味だった。まるで意地のわるい警官のようにセバスチャンをいたぶり、この居心地の悪い時間を楽しんですらいる。――セバスチャンの告白さえなければ、二人は中のいい友人同士だったはずだ。その関係をぶち壊ししたのは確かにセバスチャンだったかもしれないけれど、後戻りするチャンスは間違いなくあった。それをふいにしたのはクリスのほうだ。
「知りたいの? ほんとうに? ……中途半端な気持ちで聞いてるなら、よしてくれ」
 セバスチャンは心底惨めな気持ちで自分のつま先をみつめた。とてもじゃないが、いまのクリスを正面からみる勇気はなかった。もし彼の青い目に軽蔑や嫌悪の色がすこしでも浮かんでいたら。セバスチャンの惨めったらしい姿を見て溜飲を下げているだけで、その気持ちに応える気などこれっぽっちもないのだとしたら。もしそうなのだとしたら、いい仕事仲間としてのクリス・エヴァンスまで失ってしまうことになる。このままなに食わぬ顔で仕事を続けるなんて無理だ。――クリスにはできても、自分には無理だ。
「俺の気持ちは君の答え次第さ。なあ、教えてくれよ」
 クリスはこの上まだ不毛な会話を続けようとしたが、セバスチャンはもう限界だった。
「――やめろって! いいからはっきり言えよ! 気持ち悪いんならそう言えばいいだろっ、なんで、そんな……っ!」
 立ち上がった拍子に膝がテーブルへ当たり、空のアイスペールが嫌な音をたてて倒れる。興奮のあまり視界が歪み、目元がじんじんと熱をもった。こんなことで泣きたくはない。泣いたりしたら余計に惨めだ。涙をこらえて俯き、感情のままに怒鳴り散らしたセバスチャンを、クリスはただ黙って眺めている。
「今度はだんまりかよ、ハハ――わかった。君が忘れてくれないなら、俺が忘れる」
 セバスチャンはテーブルに置かれていたスコッチのボトルを掴み、その中身を一息にあおった。クリスを喜ばせたくて、今日のためにわざわざ取り寄せたボトルだった。馬鹿馬鹿しい――心のなかで吐き捨て、そのまま床に空き瓶を放る。乱暴に口許を拭い、セバスチャンは乾いた笑いをもらした。
「……俺のキャリア、今日で終わりかもな」
 気取ったハリウッド・スターの物真似は辞め、下品に唇を歪めて笑う。このまま外に飛び出し、朝まで道端で眠るのもいい――そんな考えが頭を過った。クリーンな経歴も売りの一つだったが、それも今夜でおしまいだろう。恋に破れ、仕事も失う。何もかも酒のせいだ。
「じゃあな、クリス。もう帰るよ……。二度と会えないかもしれないけど」
 自嘲に顔を歪め、セバスチャンは何も言わずに座ったままのクリスを見た。まだ懲りずに笑っているのだろうか、あるいはセバスチャンの狂態に困惑しているかも――ほんのすこしでも悲しそうにしていてくれたら。この期に及んで惨めな期待を抱きながらクリスを見る。
 しかし、セバスチャンはクリスの顔から一切の感情らしい感情を読み取ることができなかった。
「――俺の言うことは何でも聞くんじゃなかったのか?」
 ぎょっとするほど冷ややかな声でクリスが言う。
 酒の勢いではあったが、確かに言った。セバスチャンは言葉に詰まり、にわかに纏う雰囲気を変えたクリスを呆然と見返した。
「セブ、君が言ったんだ。クリスの恋人になれるんならどんなことだってするよ、って」
「言ったけど……君は本気にしなかった」
 たどたどしい反論を絞り出したセバスチャンを見て、クリスは呆れ顔で首を横に振った。
「君、俺の気持ちが分かるのか?」
 驚いたな、とおおげさに肩をすくめたクリスが唐突に腰をあげる。わずかに怯んだセバスチャンの腕を掴み、その青緑色の目でセバスチャンをひたりと睨み据えた。
「逃げるなよ。……俺は、嘘が嫌いなんだ」
 セバスチャンは呆然と立ち尽した。間近で見るクリスの目には軽蔑も嫌悪もなく、そこにはただ燃えるような熱量だけがあった。
「ほら、言えって。――俺のどこが好きだって?」
 じっとりとした言葉で後ろから責め立てながら、クリスはセバスチャンの右耳を噛んだ。反射的に跳ねた腰を鷲掴みにされ、みっともない声があがる。
「泣いてちゃわからないだろ。ほら」
 セバスチャンはシーツにしがみつきながらひいひいと泣いた。身体も心も引き裂かれるように痛い。
 ベッドルームに無理矢理引きずり込まれ、シーツのうえに突き飛ばされてすぐ強引にアナルを抉じ開けられた。ドギースタイルをとるように命じられ、それからずっとすこしの甘さも感じられない律動が続いている。けれど、愛する人のぺニスで粘膜を擦りあげられる感覚は確かにセバスチャンへ快感をもたらしていた。
「ずいぶん気持ちがよさそうだな。男と寝たことがあるのか?」
 いちばん聞かれたくなかったことを問われ、セバスチャンはいやいやと首を左右に振った。クリスの尖った声がセバスチャンを詰る。「答えろよ、淫乱」
「――俺の言うことは全部聞くんだろ?」
 そう言うと、クリスはおもむろにセバスチャンの尻を撫でた。嫌な予感がしたセバスチャンは身をよじって逃れようとしたが、爪が食い込むほど強く揉まれ、言葉にならない悲鳴をあげてシーツへ沈む。
「聞けないのか? ……悪い子にはお仕置きが必要だな」
 セバスチャンは、いやだ、やめて、ごめんなさい、と譫言のように繰り返した。それを聞いたクリスは鼻を鳴らして笑い、セバスチャンはいっそう惨めな気持ちでシーツを噛んだ。クリスの手が尻から離れる。健気にも無抵抗で身構えたセバスチャンを嘲笑うように、クリスの手つきにはすこしの容赦も感じられなかった。
「――っ、うぐっ!」
 ぱあん、という小気味よい音がベッドルームに響く。強烈な衝撃に背をしならせたセバスチャンの体を、クリスの逞しい腕が縛った。はじめに痺れるような熱が尻たぶ全体に伝わり、遅れてじんじんとした鈍い痛みがセバスチャンを襲う。痛いし、辛い。惨めだった。
「はは、可愛いな。真っ赤になってる」
 先ほどセバスチャンを強かにぶったはずのクリスは、今は愉快そうに笑いながらセバスチャンの尻を撫でている。その手が不意に離れ、セバスチャンはまた襲ってくるであろう痛みの予感に膝を震わせた。
「君が正直になるまで止めないぞ、セブ」
 言葉通り、クリスはそれから何度もセバスチャンの尻をぶった。数回ぶったあとは、褒美でも与えているつもりなのか執拗にセバスチャンの尻を撫で、繋げたままの長く太いぺニスをじっくりと出し入れする。そしてまた手酷くぶつ。――痛みと快感を交互に与えられ、セバスチャンの頭は恐怖と混乱でぐちゃぐちゃになった。
「――ワオ、驚いた」
 ややあって、不意に手を止めたクリスが言う。揶揄のこもった声音に不安を煽られ、セバスチャンは恐る恐る彼のほうを振り返った。
「な、に……?」
「何って、君、勃ってる」
 クリスに言われ、セバスチャンもやっと気が付く。恥かしさのあまり脚を閉じようとすると、それを咎めるようにクリスがまたセバスチャンの尻をぶった。
「ひっ……!」
「ケツを叩かれて興奮するのか」
 クリスのごつごつとした手のひらが乱暴にセバスチャンのぺニスを握る。急所を握られた恐怖に強ばった体を、けれどクリスは何の気遣いもせず暴力的に突いた。
「やだっ! やだやめて、やめて、クリス……っ!」
「やめて、欲しかったら、……言えるよな?」
 まるで飼い主が犬に芸を仕込むときのように、ひとつひとつの単語を明確に区切りながら耳元で言い含める。セバスチャンは訳もわからず謝罪しながら叫んだ。
「言う、言うからっ! もうっ、やっ、やめて……」
 プリーズ、プリーズ、とひたすらに繰り返すと、クリスの暴力的な腰づかいがようやく止む。不規則に胸を喘がせながら、セバスチャンはとうとうクリスの圧倒的な暴力に屈服した。
「……わかいころ、に、友達と、何回か……遊びで」
「友達って?」
 その問いに一瞬ためらったセバスチャンの尻を、クリスの手が再び強く打ち据える。屈辱と申し訳なさにしゃくりあげながら、古い遊び仲間の名前を告げた。それから「最近は会ってない、本当だ、信じて……」と見当はずれの言い訳を繰り返したセバスチャンを、クリスが再び乱暴に揺さぶる。
「うぅっ……! やっ、クリスっ、や……!」
 強すぎる快感から逃げようとして、セバスチャンの体が無意識に前へ前へと動いた。それを咎めるように、クリスの手がセバスチャンの豊かな胸元をまさぐる。
「これもソイツに仕込まれたのか?」
 女みたいだ、と侮蔑のこもった声で言い、クリスは無遠慮にセバスチャンの乳首をつねった。セバスチャンは驚きと痛みに悲鳴を上げたが、クリスはそれでもなお執拗にそこを責め続ける。大きな乳首はセバスチャンのいくつもあるコンプレックスのひとつで、いままで付き合った誰にも触れさせたことなどない。
「違うっ、やだ、ほんとにやだ……っ、やめてよっ……」
「本当か? 嘘じゃない?」
「ほんとっ、ほんとだからっ……お願い……」
 子供のようにぼろぼろと涙を流しながら、セバスチャンは何度も同じフレーズを繰り返した。もう意地やプライドなどどこにもなく、ただクリスに許してほしい、その一心だった。そんなセバスチャンの様子が気に入ったのか、クリスの厚く柔らかな唇が首筋をなぞる。叱ったあとの犬を撫でるような、慈愛のこもった仕草だった。
「ならいいんだ。……なあ、セブ。俺は嫉妬深くてさ」
 この状況に全く似つかわしくない甘やかな声で名前を呼ばれ、右の耳殻を優しく噛まれる。困惑するセバスチャンを、クリスはまるで深く愛しあう恋人を抱くように緩やかな動きで揺さぶった。
「過去のことはしょうがないけど……わかるだろ?」
「わかるっ、わかる! もうしないっ! 絶対……っ!」
「神に誓って?」
 セバスチャンはほとんど反射的に頷いた。何度も何度も首を振り、すがるようにクリスを見る。涙と涎で汚れきったセバスチャンの顔を見下ろすクリスの表情は、背筋が凍るほど優しく、美しかった。
「――セバスチャン、君は俺の物だ。誓えるか?」
 クリスが言う。完璧に支配され、考えることを放棄したセバスチャンに、一切の選択肢は残されていなかった。
「……誓う。クリスの、ものに、なる」
 混濁した意識のなかでクリスの言葉を反芻し、セバスチャンはうっとりと目を閉じた。そうだ、俺はずっとクリスのものになりたかったんだ――その事実に気付いた瞬間、セバスチャンは苦しいほどの喜びと服従の快感に満たされ、ただぽろぽろと涙を流した。
「嬉しいよ、セブ……ああ、泣くなって」
 クリスの恍惚とした声がセバスチャンの耳を優しく犯す。長年焦がれ続けた唇が濡れた頬を拭い、無意識に微笑みを浮かべていたセバスチャンの唇を塞いだ。
「……あとでゆっくり聞かせてくれよ」
 俺のことをどれだけ愛しているのか。
 そうクリスが言い、セバスチャンは喜びに満ちた表情で頷く。セバスチャンは気付かなかった。――自分が、恐ろしい男の罠にかかったあわれな獲物だということに。