間接キス(蓮真)

 経験値不足というのはいかんともしがたく、その不足を埋めるためには、とにもかくにもまずはがむしゃらに経験を積んでみるしかない。
「……おい」
 平気か、と上から降ってきた声に、目線だけでなんとか頷く。蓮の大きな手が、真司の耳を擽るように撫でた。反射で喉がくう、と鳴り、恥ずかしさから咄嗟に蓮の脚へしがみつく。
 床へ座り込んだ真司を跨ぐようにベッドへ腰かけている蓮は、ベルトとパンツのフロントファスナー以外の着衣を緩めることもせず、基本的には真司のやりたいようにさせてくれていた。そもそも、この行為自体が真司からの申し出だった。
「泣くほど辛いんなら、やめたっていいんだぞ」
 苦笑が混じったその声に、つい持ち前の負けず嫌いが顔をのぞかせる。真司はちいさく首を左右に振ると、目尻に滲んだ生理的な涙を乱暴に拭った。その赤らんだ目元を、蓮の親指が慰めるようにそっとなぞる。
 いわゆる、フェラチオ、というやつだ。
 蓮のモノは、真司の口では根本のあたりがやや余るくらいの大きさだった。勢い込んで咥えてみたはいいものの、フェラチオなんて、したことはもちろん、してもらったこともない真司には、一体どうしてやるのが正解なのか見当もつかない。
 意を決し、口の中のモノへ恐る恐る舌を這わせる。同時に、詰めていた息を鼻からふっと抜くと、想像していたような変な味や匂いはしなくて、かえって拍子抜けした。これと言った味はなく、いつもの蓮の匂いがするだけだ。ぱち、と目を瞬き、目元だけで笑んで蓮を見上げる。
「……城戸」
 蓮は何か言いたげに唇をはくつかせたけれど、結局何も言わず苛立たしげに俯いてかぶりを振った。
 ――やめろ、とは言わないんだな。
 そんなふうに胸のうちで独り言ち、這わせるだけだった舌を口のなかのモノへずり、と擦りつける。そのまま頭を前後させると、確かに蓮のそれが硬さを増したのが分かった。
 蓮がぐっと全身に力を込めたのが伝わり、ああ、気持ちいいんだな、と意外なほど冷静にそう思った。ならばと唇をいっそう強くすぼめ、吸い上げるように頬をへこませる。すると、じゅっ、といかにもらしい湿った音が鳴った。
「う……っ」
 蓮の込み上げるものを堪えるような低い唸り声が、真司の背筋をぞくりと震わせる。同時に下半身へじりじりとした熱が集まりだした。蓮のモノを咥えるという、その行為自体が気持ちいいわけではない。真司がそれを咥えていることで、蓮が確かな快感を得ているという事実に興奮していた。
 変な感じ、と頭の隅でぼんやり思う。
 直接的に性感を刺激されているわけでもないのに、気持ちがよくて、体が熱くて、頭がぼうっとする。場に酔っている、という表現が一番ふさわしいかもしれない。なにしろ真司は、ノンアルコールビールでもへべれけに酔うことが出来るタイプだ。
 蓮も気持ちいい? と咥えたままもごもご聞くと、蓮は「喋るか舐めるか、どちらかにしろ」と怒ったように言った。それもそうか、と舌をひっこめ、咥内から蓮のそれをぬるりと追い出す。
「……なあ、蓮。気持ちいい?」
 自分の唾液でぬるつく唇を舌で舐めながら、頭上の恋人へそう問いかけた。それでもなお怒ったような顔で黙り込んだまま答えようとしない蓮に「おい、なんとか言えよ」とニヤつきながら追い打ちをかける。
 最近になってようやく真司が発見した事実だが、蓮の不機嫌はたいていがただの照れ隠しだ。かつてはその態度にいちいち憤慨して応戦していた真司だったが、最近ではこうしてニヤニヤとからかう余裕さえある。
 蓮の勃ちあがったモノを鼻先でつつき、根本のあたりをくすぐるように舐める。そうしているうちにだんだん楽しくなってきて、いつか観たアダルトビデオの内容を思い出しながら行為を再開した。
 首を傾げ、硬さを保ったままの蓮のそれに唇を這わせる。そのまま唇で挟むように咥え、舌と唇とで舐めあげるように頭をスライドさせた。すると、蓮の大きな手のひらが真司の髪をそっと掴み、行為を阻むように引き離された。なんだよ、と顔をあげると、ひどいしかめ面と視線がかち合う。
「お前、どこでそんなこと覚えてきたんだ……」
 ――どこで、って、俺だってれっきとした成人男性なんだけど。
 ますますむっとした様子の蓮に、そんな文句と言いようのない可笑しさが込み上げる。いかにも経験豊富な蓮に比べれば童貞に毛が生えた程度のものだが、真司にだってささやかながら女性経験もあれば、同年代の友人と生々しい猥談をした経験だってある。実地経験はなくとも、聞きかじった経験談だったり、映像や写真を見て得た知識は年齢相応にあるのだ。
 けれど、失礼な奴、と思うより前に、どうしようもないほどの愛おしさが胸をいっぱいに満たした。
「はじめてだよ。こんなこと、お前以外にするわけないだろ」
 そう言って笑い、まだ萎えていない蓮のそれへ唇を寄せる。先端を軽く咥え、ちゅう、と音を立てて吸った。薄っすらとした苦みが咥内に広がったけれど、嫌悪感はない。続けて舌へ触れた窪みを舌でくすぐると、蓮の喉がぐう、と苦しげに鳴った。
「……煽るな」
 と、言うことは、だ。
「ほら見ろ。やっぱ気持ちいいんだ!」
 思わず膝でも打ちたい気分でそう言った真司は、満面の笑みを浮かべ、身を乗り出して蓮の唇に自分のそれを重ねた。するとすかさず「この馬鹿!」と罵声が返ってくる。そういえば、ついさっきまで蓮のアレを咥えていたのだった。
「……あ、間接キス?」
 蓮の膝へ乗りかかったまま、気まずさ半分で小首を傾げる。違うだろ、と脳内にいるもう一人のやや冷静な自分が言った。
「……馬鹿」
 頭痛をこらえるように額を抑えた蓮が、呆れたような怒ったような、けれど「仕方のない奴」とでも言いたげに笑う。その顔に「へへ」と緩みきった顔で笑い返し、改めてもう一度キスを贈った。
 もちろん「馬鹿」といういつもの文句つきだったが。

2019.10.25