真司は蓮の背中が好きだ。
仮面ライダーとして戦っていた頃、よく追いかけた背中だ。黒いロングコートを翻し、長い脚でぐんぐんと先へ進む蓮を、真司はただ必死に追いかけた。そのうち真司が追い付くのを待ってくれるようになって、並んで戦うのを許してくれるようになって、互いの背中を守りあって戦うことも増えて、けれど、こんなふうに触れあうことはついぞなかった。
目の前の硬い背中へ頬を擦り寄せ、引き締まった腰に腕を回す。お互いほとんど裸のままで、並んで寝転がっているベッドの上には、先ほどまでの行為の余韻が色濃く残ったままだ。
「おい、寝るなよ」
そう声をかけられた真司は、心地よい温かさに身を任せながら「寝ない」とむにゃむにゃ答えた。まだシャワーも浴びていないし、シーツはあちこち濡れたようなシミだらけだ。
「シャワー、先に使っていいぞ」
セックスのあとは、さすがの蓮も真司に優しい。普段だって分かりにくいだけで冷たいばかりの男ではないけれど、その分かりにくさが人一倍なのだ。
「蓮が先でいいよ。おれ、もうちょい休みたい」
「ダメだ。寝るに決まってる」
「寝ないったら」
「ダメだ」
そんな堂々巡りの問答を二巡ほど繰り返してから、急に可笑しくなって吹き出すように笑った。蓮の背中もかすかに震えていて、きっと同じように笑っているのだろうと分かる。
「――なあ、蓮。明日ってなんか予定ある?」
「別に何もないが」
そう言ってから、蓮がごそごそと体をよじった。そのまま体を反転させ、二人向かい合わせに寝転がる格好になる。先ほどまで蓮の腰へ巻き付けていた腕で、その背中を控えめに抱き寄せた。
「ちょっと気になるラーメン屋があってさ。食いに行きたいんだよね」
とある取材の帰りに見た何とも言えない店構えを思い出しながらそう言うと、蓮はちいさく噴き出し、呆れたように真司の顔を見た。
「……お前な」
セックスのあとに出す話題じゃないだろう、と笑いながら言われ、確かに、と真司も思わず笑う。
「夜景の見えるレストランとかがよかった?」
「馬鹿言え。ハナからそんな甲斐性は期待していない」
「失礼な」
わざとらしく頬を膨らませた真司の頭を、蓮が軽い力で小突いた。いてっ、とほとんど反射的に言ってから、このやろ、と小突かれた頭で蓮の胸元をぐりぐりと押す。そして、背中へ回した腕に目一杯の力を込めた。
「おい、暑苦しい真似をするな」
「……なにそれ、ひどくない?」
「ひどいもんか。ちょっと離れろ、暑くてかなわん」
時期柄か、部屋にはしっかりと暖房が効いている。事後の肌寒さを嫌った蓮が、あらかじめタイマーを付けておいてくれたらしかった。それを少しだけ勿体なく感じながら、ほんの僅か腕の力を弱める。
「これでいい?」
本当に僅か拳一つ分程度肌が離れただけだったけれど、蓮は「ああ」と頷き、あとは真司の「暑苦しい」コミュニケーションに付き合ってくれる気分のようだ。それが妙に嬉しくて、つい頬が勝手に緩む。
「なあなあ、ラーメン食ったらさ、どっか、海でも見に行こうぜ」
「海? お前のなかじゃどうだか知らないが、世間はもう秋だぞ」
「だからいいんだろ。空いてるよ、多分」
「何をしに行くんだ」
「何って、別になんもないよ。海を見るだけ。あと、夕日とか、星とか」
そんなふうに明日の予定を勝手に羅列しながら、蓮の背中をばれないようにこっそりと撫でた。別にばれたっていいのだけど、なんとなく、こっそり楽しみたい気分だった。
蓮の背中は、硬く、ごつごつとしていて、ところどころに傷や小さな吹き出物があったりして、案外にざらざらとしている。
蓮のあとをただ追いかけるだけだった頃は、この背中を、冷ややかで端正で完璧な、どこか自分とは全く別の生き物の背中のように思っていた。
それがいざこうして肌を合わせ、自分の手のひらで実際に触ってみると、なんのことはなく、真司のそれとさほどの大差もない、普通の男の背中だった。触れれば温かく、ひっかけば傷がつく、普通の背中。
だから真司は、蓮の背中が好きだ。
過酷な運命を背負って戦う男の背中ではなく、普通の男の普通の背中だから、真司はこの背中が好きなのだ。
「……平和だな」
蓮がぽつりと言う。真司も同感だった。
「平和だよ。平和な一日、最高だろ?」
「最高か」
「ああ。ラーメン食って、海を見に行って、夕日が沈むのとか、都会と違って星がいっぱいあんのとか見て、綺麗だなーっつって帰ってくんの」
最高じゃん、と続けながら、指先でざらついた背中をなぞる。特別な手入れなどするわけもないのだから、男の背中なんてこんなものだ。この普通の背中を、追いかけるわけでも、守って戦うわけでもなく、ただのんびりと撫でながら、明日の予定について取り留めのない会話を交わす。
――これが最高じゃなきゃ、なんなんだっての。
そんなふうに心の中で独り言ちて、緩みきった頬に笑みを浮かべた。そんな真司に、蓮もいつになく柔らかい顔で言う。
「だったら、今すぐシャワーを浴びてこい。……海に行くなら、午前中には出るぞ」
いい加減素直になれよ、なんて無粋な言葉は、さすがの真司も言わなかった。言わなかったけれど、ほんの意趣返しとばかり、愛してやまない背中をちょっとだけ強くつねった。
2019.10.25
仮面ライダーとして戦っていた頃、よく追いかけた背中だ。黒いロングコートを翻し、長い脚でぐんぐんと先へ進む蓮を、真司はただ必死に追いかけた。そのうち真司が追い付くのを待ってくれるようになって、並んで戦うのを許してくれるようになって、互いの背中を守りあって戦うことも増えて、けれど、こんなふうに触れあうことはついぞなかった。
目の前の硬い背中へ頬を擦り寄せ、引き締まった腰に腕を回す。お互いほとんど裸のままで、並んで寝転がっているベッドの上には、先ほどまでの行為の余韻が色濃く残ったままだ。
「おい、寝るなよ」
そう声をかけられた真司は、心地よい温かさに身を任せながら「寝ない」とむにゃむにゃ答えた。まだシャワーも浴びていないし、シーツはあちこち濡れたようなシミだらけだ。
「シャワー、先に使っていいぞ」
セックスのあとは、さすがの蓮も真司に優しい。普段だって分かりにくいだけで冷たいばかりの男ではないけれど、その分かりにくさが人一倍なのだ。
「蓮が先でいいよ。おれ、もうちょい休みたい」
「ダメだ。寝るに決まってる」
「寝ないったら」
「ダメだ」
そんな堂々巡りの問答を二巡ほど繰り返してから、急に可笑しくなって吹き出すように笑った。蓮の背中もかすかに震えていて、きっと同じように笑っているのだろうと分かる。
「――なあ、蓮。明日ってなんか予定ある?」
「別に何もないが」
そう言ってから、蓮がごそごそと体をよじった。そのまま体を反転させ、二人向かい合わせに寝転がる格好になる。先ほどまで蓮の腰へ巻き付けていた腕で、その背中を控えめに抱き寄せた。
「ちょっと気になるラーメン屋があってさ。食いに行きたいんだよね」
とある取材の帰りに見た何とも言えない店構えを思い出しながらそう言うと、蓮はちいさく噴き出し、呆れたように真司の顔を見た。
「……お前な」
セックスのあとに出す話題じゃないだろう、と笑いながら言われ、確かに、と真司も思わず笑う。
「夜景の見えるレストランとかがよかった?」
「馬鹿言え。ハナからそんな甲斐性は期待していない」
「失礼な」
わざとらしく頬を膨らませた真司の頭を、蓮が軽い力で小突いた。いてっ、とほとんど反射的に言ってから、このやろ、と小突かれた頭で蓮の胸元をぐりぐりと押す。そして、背中へ回した腕に目一杯の力を込めた。
「おい、暑苦しい真似をするな」
「……なにそれ、ひどくない?」
「ひどいもんか。ちょっと離れろ、暑くてかなわん」
時期柄か、部屋にはしっかりと暖房が効いている。事後の肌寒さを嫌った蓮が、あらかじめタイマーを付けておいてくれたらしかった。それを少しだけ勿体なく感じながら、ほんの僅か腕の力を弱める。
「これでいい?」
本当に僅か拳一つ分程度肌が離れただけだったけれど、蓮は「ああ」と頷き、あとは真司の「暑苦しい」コミュニケーションに付き合ってくれる気分のようだ。それが妙に嬉しくて、つい頬が勝手に緩む。
「なあなあ、ラーメン食ったらさ、どっか、海でも見に行こうぜ」
「海? お前のなかじゃどうだか知らないが、世間はもう秋だぞ」
「だからいいんだろ。空いてるよ、多分」
「何をしに行くんだ」
「何って、別になんもないよ。海を見るだけ。あと、夕日とか、星とか」
そんなふうに明日の予定を勝手に羅列しながら、蓮の背中をばれないようにこっそりと撫でた。別にばれたっていいのだけど、なんとなく、こっそり楽しみたい気分だった。
蓮の背中は、硬く、ごつごつとしていて、ところどころに傷や小さな吹き出物があったりして、案外にざらざらとしている。
蓮のあとをただ追いかけるだけだった頃は、この背中を、冷ややかで端正で完璧な、どこか自分とは全く別の生き物の背中のように思っていた。
それがいざこうして肌を合わせ、自分の手のひらで実際に触ってみると、なんのことはなく、真司のそれとさほどの大差もない、普通の男の背中だった。触れれば温かく、ひっかけば傷がつく、普通の背中。
だから真司は、蓮の背中が好きだ。
過酷な運命を背負って戦う男の背中ではなく、普通の男の普通の背中だから、真司はこの背中が好きなのだ。
「……平和だな」
蓮がぽつりと言う。真司も同感だった。
「平和だよ。平和な一日、最高だろ?」
「最高か」
「ああ。ラーメン食って、海を見に行って、夕日が沈むのとか、都会と違って星がいっぱいあんのとか見て、綺麗だなーっつって帰ってくんの」
最高じゃん、と続けながら、指先でざらついた背中をなぞる。特別な手入れなどするわけもないのだから、男の背中なんてこんなものだ。この普通の背中を、追いかけるわけでも、守って戦うわけでもなく、ただのんびりと撫でながら、明日の予定について取り留めのない会話を交わす。
――これが最高じゃなきゃ、なんなんだっての。
そんなふうに心の中で独り言ちて、緩みきった頬に笑みを浮かべた。そんな真司に、蓮もいつになく柔らかい顔で言う。
「だったら、今すぐシャワーを浴びてこい。……海に行くなら、午前中には出るぞ」
いい加減素直になれよ、なんて無粋な言葉は、さすがの真司も言わなかった。言わなかったけれど、ほんの意趣返しとばかり、愛してやまない背中をちょっとだけ強くつねった。
2019.10.25
