夢じゃない(蓮真)

 静かにしろ、と言っても聞かないくせに、声を聞かせろ、と言えば黙り込む。ずっとそうだ。昼間は頭にくるほど騒がしいくせに、夜、二人きりのベッドの中では、まるで別人のように静かになる。
 ほとほとおかしな奴だと思いながら、その汗ばんだ首筋へ鼻先を埋めた。
「お前、苦しくないのか……?」
 蓮が耳元でそう尋ねても、真司は首を左右に振るだけだ。普段これでもかとばかりに動く薄い唇はきつく噛みしめられ、漏れるのは鼻にかかった苦しげな吐息と低い呻き声ばかりだった。正常位で組み敷いた体は確かに熱くなっているし、二人の腹の間で揺れているモノは硬く昂っている。苦しいだけ、痛いだけということはないはずだった。
「言いたいことがあるなら言え」
 腰の律動をとめ、真司の真っ赤な耳を噛む。逃げるように仰のいた顎を左手でとらえ、噛みしめられた下唇をほぐすように舌先でつついた。
 真司は何か縋るものを探すように頭の横で両手をばたつかせたが、枕は彼自身の腰の下に敷かれている。それを思い出したのか、結局ぴんと張られたシーツを必死の手つきでひっかき、手繰りよせるようにぎゅっと握りしめた。
 その快感から逃げるような仕草が無性に気に入らなかった蓮は、腰をひときわ強く押し付け、最奥を突いたままの姿勢でまたじっとその動きを止めた。真司の腰が過ぎた快感にびくんと跳ねる。
「逃げるな」
 とにかく、言いたいことはそれだけだった。逃げるな。逃げずに受け止め、そして、いつものように感じたままを言葉にしてほしい。
「城戸、逃げるな。……声を、声を聞かせてくれ」
 意図せず、縋るような声になった。詰問でも命令でもない。語尾も情けなく震えていた。
 蓮は小さく舌打ちをし、気を取り直すようにかぶりを振った。組み敷いた真司を見下ろすと、やはり頑なに唇を噛みしめ、苦し気に眉根を寄せてじっと息を殺している。そんなふうにされると、蓮の胸は訳もなく重く塞いだ。
 馬鹿で、がさつで、騒がしくて、色気なんて勿論どこにもない。それが城戸真司だったはずだ。それなのに、蓮に抱かれているときの真司は、まるでよくできた作り物のようだった。ただ美しく整っていて、従順で、何もかも蓮に都合のよい作り物。
 真司と再会する前、何度か夢で彼の姿を見たことがあった。夢の中の真司はいつも静かに笑っていて、一人生き延びて願いを叶えた蓮を責めることも、道半ばで果てた自身の最期を嘆くこともない。蓮の懺悔めいた語りを黙って聞き、そして、ただ静かに笑っている。
 だから、不安になるのだ。
「れ、ん……っ」
 その不安が、顔に出ていたのかもしれない。先ほどまで頑なに口を閉ざしていた真司が、不意に蓮の名前を呼んだ。普段からやや舌足らずに聞こえるその響きが、今夜はいつにもましてたどたどしい。
「城戸」
 そう呼び返すと、真司は苦痛を堪えているようにも見えた表情を緩め、困ったように笑った。
「ごめん、な。れん……」
「なんで謝る」
「だって、怒ってる、だろ」
 真司は胸を喘がせながら、途切れがちにそう続けた。快感に震える両足が、蓮の腰をそっと挟む。なんだか急に気まずくなった蓮は、ぶっきらぼうに「怒ってない」と返すと、宥めるように真司の前髪を撫でつけ、滑らかな額に軽いキスを落した。
「怒ってはいないが、気になる。……痛いのか?」
 重ねてそう問いかけると、真司は少し躊躇うように視線を泳がせてから、ちいさく首を左右に振った。
「じゃあなんだ。言ってみろ」
 答えをせっつくように腰を動かすと、ようやく「あっ」と短い嬌声があがる。その声ごと食らい尽くすように唇へ噛みつき、舌を吸い上げ、口蓋の敏感な部分をじっくりと舐めた。
 息継ぎの合間に「降参」と真司が笑う。そこでひときわ強く突き上げると、蓮の動きにあわせ、鼻にかかったような甘い喘ぎがぽろぽろとこぼれた。
「や、待て、待てって、あっ……ん、うあ、んっ……!」
「待てない」
「ちょ、っ……! ばか、れんっ、言うっ、言うからっ!」
 抱いているのは蓮のほうなのに、まるで、耳から犯されているような気分だった。甘ったるい毒を耳から注ぎ込まれ、蓮の強靭な理性がどろどろに溶かされていく。衝動のまま達してしまいたい気持ちを強引に抑え込み、代わりに、真司の肩口へ倒れこむように顔を埋めた。続きを促すように耳たぶを噛み、真司のなかへ埋めているモノを抜け落ちるぎりぎりまで抜く。その感覚がたまらないのか、真司はまた短く高い声で鳴いた。
「城戸、はやく」
「分かった、言う、言うってば」
 蓮の唸るような低い声に、真司が慌てた様子で頷く。そして、荒い息を整えるように何度か深呼吸をした。
「笑うなよ」
「内容によるな」
「そこは、嘘でも笑わないって言うとこだろっ!」
 ようやくいつもの調子を取り戻した真司が、子犬のようにきゃんきゃんと吠える。それから、肩口にある蓮の頭を抱きしめるように両腕を回し、気まずげにぶつぶつと続けた。
「……おれ、馬鹿だからさ。へんなこと、口走って……蓮が、萎えちゃったら、やだなあ、って」
 なるほど、と蓮が苦笑気味に呟くと、真司は「笑うなって言った」とぶすくれたように返した。
「馬鹿か」
「――ぎゃっ!」
 予告もなく急に最奥を突かれ、真司はまるでカエルの断末魔のような潰れた悲鳴を上げた。そこに、色気らしい色気はまったくない。それが可笑しいやら愛おしいやらで、蓮は、その気持ちの赴くままに腰を使い、真司の体をただひたすらに貪った。
「な、なん、でっ、きゅうに……!」
 半分泣きの入った声で真司がそう言うのを、どこか茫洋とした気分で聞く。ああ、城戸だ。そんな当たり前のことをいちいち確かめながら、熱に浮かされた頭で思ったままを喋る。
「迷ったら、俺の名前を呼べ」
「れ、ん……?」
「――真司」
 初めて、かもしれなかった。
 蓮が真司とその名を呼ぶと、真司は、まるで針のとんだレコードのように、繰り返し繰り返し蓮の名前を呼んだ。れん、と、たどたどしく、舌足らずな声で、何度も何度も蓮の名前を呼んだ。
「しん、じ」
 蓮も、同じように真司を繰り返し呼んだ。二人揃って気が触れたように互いの名前だけを呼びあって、そして、ほとんど同時に果てる。
 夢じゃないから、醒めることもない。目の前には確かに本物の真司がいて、抱き合っていて、その顔はきっとみっともなくぐしゃぐしゃに泣き崩れている。色気はないし、綺麗でもない。それが、蓮の愛した城戸真司だ。

2019.10.11