一人の夜は長い。野生のいきものたちの遠吠えを聞きながら星空を眺め、借りもののパイプを吸う。ブルックリンのパブで吸った安物の紙巻きや、戦地で吸った粗悪品のマリファナが恋しくなったわけではなくて、ただ長い夜の友が欲しくなったのだ。じっくりと長い呼吸を繰り返し、真っ暗な大地にぽつねんと赤い火を灯す。こんなに旨い煙草を吸うのははじめてだった。
「……お前も吸うか?」
バッキーが尋ねると、横のスティーブがすこし苦笑して首を傾げた。
「吸いかたがわからない」
「教えてやるよ」
手渡されたパイプを物珍しそうに眺めたスティーブが、吸い口へそっと唇をよせる。不安そうに視線をよこす姿が可愛くて、バッキーは久しぶりに彼の兄貴分らしく振る舞った。
「ゆっくり、優しく吸うんだ。リラックスして」
「……驚いた。甘いんだな」
いい葉っぱだからな、昔と違って――そうバッキーが笑うと、スティーブは懐かしむように目を細めた。
「お前の父さんがよく吸ってたな」
「ああ。昔はじじくさいと思ってたけど、いいもんだ」
バッキーも同じように目を細め、スティーブが吐く細い煙を横から楽しんだ。彼には似合わないだろうと思っていたけれど、無造作に伸ばされた髭のあいまから細く煙が立ち上るさまは存外様になっている。
「ずいぶんと渋くなったな」
バッキーが指を差してからかうと、スティーブは気恥ずかしそうに顎を撫でた。「似合わないだろ?」と肩をすくめ、いまにも長ったらしい言い訳をはじめそうな顔でバッキーを見る。たっぷりと見覚えのある顔だった。たとえばそれはサラがはじめて仕立ててくれたジャケットを着てバッキーの部屋を訪ねてきたときの顔だったし、ロンドンの酒場で彼の完璧な着こなしをからかったときの顔でもあった。
「――最高にセクシーだ、スティーブ。似合ってる」
懐かしい記憶をなぞるように言う。何度も繰り返し言ったフレーズだから、再現は完璧だった。スティーブはひたりと動きを止め、そのままバッキーをじっと見つめた。おや、と思って見つめ返す。スティーブはキスが下手で、なかでも特にひどいのはタイミングの選び方だ。
「……お前さ」
「分かってる。言わないでくれ」
がっくりと肩を落としてスティーブが言い、バッキーは笑いを噛み殺しながらその肩を叩いた。見かけばかりが渋くなって、中身はちっとも追い付いていない。
「いいさ。キスまでセクシーになってたら、お前の浮気を疑ってヤギの世話が手につかなくなっちまう」
「……ありがとう。複雑な心境だよ」
言葉どおり複雑な顔をしたスティーブの頬にくちづけ、柔らかな髭の感触を唇で味わった。待つのはあまり性にあわないので、ついでに髭のなかに埋もれた唇へも触れた。はじめてのわりに上手く吸ったのか、煙と同じ甘い匂いのするキスだった。
「百歳になっても、はじめてってのは興奮するな」
耳元で密やかに言うと、スティーブはようやくバッキーの唇にかぶりついた。どうにも下手くそで、けれどバッキーはこの不器用なキスがどうしようもなく好きなのだった。
「……お前も吸うか?」
バッキーが尋ねると、横のスティーブがすこし苦笑して首を傾げた。
「吸いかたがわからない」
「教えてやるよ」
手渡されたパイプを物珍しそうに眺めたスティーブが、吸い口へそっと唇をよせる。不安そうに視線をよこす姿が可愛くて、バッキーは久しぶりに彼の兄貴分らしく振る舞った。
「ゆっくり、優しく吸うんだ。リラックスして」
「……驚いた。甘いんだな」
いい葉っぱだからな、昔と違って――そうバッキーが笑うと、スティーブは懐かしむように目を細めた。
「お前の父さんがよく吸ってたな」
「ああ。昔はじじくさいと思ってたけど、いいもんだ」
バッキーも同じように目を細め、スティーブが吐く細い煙を横から楽しんだ。彼には似合わないだろうと思っていたけれど、無造作に伸ばされた髭のあいまから細く煙が立ち上るさまは存外様になっている。
「ずいぶんと渋くなったな」
バッキーが指を差してからかうと、スティーブは気恥ずかしそうに顎を撫でた。「似合わないだろ?」と肩をすくめ、いまにも長ったらしい言い訳をはじめそうな顔でバッキーを見る。たっぷりと見覚えのある顔だった。たとえばそれはサラがはじめて仕立ててくれたジャケットを着てバッキーの部屋を訪ねてきたときの顔だったし、ロンドンの酒場で彼の完璧な着こなしをからかったときの顔でもあった。
「――最高にセクシーだ、スティーブ。似合ってる」
懐かしい記憶をなぞるように言う。何度も繰り返し言ったフレーズだから、再現は完璧だった。スティーブはひたりと動きを止め、そのままバッキーをじっと見つめた。おや、と思って見つめ返す。スティーブはキスが下手で、なかでも特にひどいのはタイミングの選び方だ。
「……お前さ」
「分かってる。言わないでくれ」
がっくりと肩を落としてスティーブが言い、バッキーは笑いを噛み殺しながらその肩を叩いた。見かけばかりが渋くなって、中身はちっとも追い付いていない。
「いいさ。キスまでセクシーになってたら、お前の浮気を疑ってヤギの世話が手につかなくなっちまう」
「……ありがとう。複雑な心境だよ」
言葉どおり複雑な顔をしたスティーブの頬にくちづけ、柔らかな髭の感触を唇で味わった。待つのはあまり性にあわないので、ついでに髭のなかに埋もれた唇へも触れた。はじめてのわりに上手く吸ったのか、煙と同じ甘い匂いのするキスだった。
「百歳になっても、はじめてってのは興奮するな」
耳元で密やかに言うと、スティーブはようやくバッキーの唇にかぶりついた。どうにも下手くそで、けれどバッキーはこの不器用なキスがどうしようもなく好きなのだった。
