カク→←マコ

サテライト・オブ・ラヴ
 
 
 神に愛された男。
 さほど信心深い訳でもないマッコイですらそう評したくなる男、それがジェームズ・タイベリウス・カークだった。
 例えば眩いばかりのブロンドヘア。太陽降り注ぐ地中海の海にも似たブルーアイズ。しなやかな長い手足にアカデミーの制服を纏えば、まるで誂えられたポスターボーイのよう。そんな完璧ともいえる器に宿った精神は、良くも悪くもエネルギーに満ち、そのくせどこか不安定で刹那的。まるでティーンエイジャー向けの古いペーパーバックから飛び出して来たヒーローのような、愛すべき男である。
 そんなジェームズ・”ジム”・タイベリウス・カークの親友として、時に一夜にも満たないロマンスの数々を見届けてきたマッコイだからこそ、この愛すべき親友の口から放たれた言葉に、先日の定期検診をオールクリーンでパスしたはずの己の耳を疑った。
 
「ジム。お前、正気か?」
「もちろん」
「イカレちまったやつは、決まってそう言うもんだ。……いいカウンセラーを紹介してやろう」
 
 そう言って立ち上がったマッコイを、カークがほとんど反射的に捉える。ぐい、と強く右腕を引かれ、やや強めの抗議をしようと相手を睨みつけたところでようやく――ここがアカデミー生で賑わう人気のカフェテラスだったことを思い出したマッコイは、放送コードすれすれの罵倒をぐぅ、と飲み込み、目一杯の低い声を出した。
 
「……もしお前が正気だと仮定してだ。なぜ私が、お前の、恋人に、ならなければいけない?」
 
 皮肉たっぷりに言葉を区切りながら、結局はカークへ向き直るように腰を下ろしたマッコイが見たのは、今にも崩れ落ちそうなほど張りつめた美しい顔と、緊張に揺らぐブルーアイズだった。予期せぬ真摯さを真正面から受け止めてしまい、マッコイの心拍が不意に跳ねる。
 俺の恋人になってくれないか、と、カークは言った。
 てっきり気の利かぬジョークか、あるいはそのあとに何か悪趣味な悪戯の算段でも聞かされるものだと思っていたマッコイは、強かに動揺した。そして、追いかけるようにこみ上げてきたのは、紛れもない怒りだった。
 
「ふざけるのも大概にしろ。女に飽きたら次は男か?」
「まさか。お前だけだ、ボーンズ」
「いったい何人の女がその言葉に騙されてきたことか。さすがアカデミー始まって以来のプレイボーイだ」
「ボーンズ!」
 
 耳を覆いたくなるような悲痛さを持った声が自分の名を呼ぶ。
 それを他人事のように聞きながら、マッコイはなるべくカークのブルーアイズに捕まらないよう、視線をテーブルの上で彷徨わせることに努めた。なぜならカークの目には恐ろしいほどの引力が備わっていて、最悪なことに、マッコイには抗う術がないのだった。相手がヒーローなら、自分はさながら彼を引き立てるためだけに存在する脇役。強烈な引力で引き寄せられた数多の衛星の一つにすぎないのだから。それを惨めだとか、妬ましいだとか、そんなふうに思ったことはない。けれど、愛に破れたうえに身ぐるみまで剥がされ、すっかり骨だけになったしがない三十路男にとって、カークの存在は時に眩しく、そして時に二度と戻らない若さを――いくばくかの痛みを伴って――思い知らされ、そんなふうに思う自分の心をつい持て余してしまうような、そんな気持ちにさせられる相手だった。
 カークは決して、多くの人々が思うほど不誠実で軽薄なだけの男ではない。けれど心のどこかで、この世のすべては自分の思い通りになると信じて疑わないような、ある種の幼稚な傲慢さも持ち合わせている男だった。そして、そんな彼の傲慢さに拍車をかけているのが、あまりに彼の思い通りになりすぎる自分の存在であることもまた、マッコイは自覚していた。
 
「私はもう、愛とか恋とか、そいうのには懲りたんだ」
 
 マッコイもまた、絞り出すような声で言った。うしろめたさに耐えかねて、震える手で目元を覆う。
 本心のような、本心では無いような。誰だって、他の誰かに愛されたいに決まっている。今は癒えぬ傷も、時間とともに塞がり、いずれは薄らぐだろう。それでも、カークだけはだめだと本能が告げていた。
 それがなぜなのか、恐慌の只中にあるマッコイにはまだわかりそうもなかった。