チザ←ファラ

 ファラデーは、サム・チザムの過去を知らない。
それどころか、他の誰のことだってろくに知らなかった。もっと言えば、守るべき街のことも知らなければ、これから倒すべき敵にも個人的な恨みはない。ろくに知りもしない連中に背中を預け、恩もない街を恨んでもない敵から守るために命を投げ出す気でいるファラデーは、傍から見ればとんだ酔狂者だろう。
大体にしてファラデーは、自分のことだってろくに知らないのだった。
母親はアイリッシュのはずだが、父親については顔も名前も知らない。なんでアメリカに渡ってきたのか、例に漏れず食うに困ってのことだろうが、それだって母親の口から明確な答えをもらったためしはない。ニューヨークの薄汚い娼館で娼婦とマフィアに囲まれて育ち、それからゴールドラッシュを当て込んだ母親達に連れられて西へ向かった。そのうちに母親が死んで、十五になったファラデーは気付くと人を殺していた。今更ニューヨークに戻ってマフィアになるつもりもなければ、工場でクソッタレのイングリッシュ共にこき使われるのも、鉱山で死ぬまで金を掘るのも鉄道工事の人夫になるのも戦争に行くのも真っ平御免だったから、それは丁度いいきっかけになった。
気付けばファラデーは、立派な人殺しのアウトローになっていたのだった。
「何度でも言うが、お前にも死に場所を選ぶ権利はある」
聞き分けのない子どもに言い含めるように、じっと両手を睨み据えたままチザムは言った。
美しい未亡人が去ってなお、チザムは十字架の前から動こうとしない。二人の短いやり取りを隠れて聞いていたファラデーは、聞き分けのない子どもらしく肩を竦め、許しを請うように彼の隣に立った。
「……あんたも神に祈るんだな。それとも懺悔?」
チザムは答えずに、緩んでいた襟元をそっと締めなおした。それが言外の拒絶にも思えて、ファラデーの胸は思いがけず痛んだ。そして、胸が痛む、だなんていう少女めいた感傷を抱いた自分が堪らなく滑稽に思われ、いっそ笑いだしたいような気さえした。
恐らくチザムは、単なる義侠心や同情心のためではない、命を擲ってまで戦うに値する個人的な理由を持っている。そう思うに至ったのはあくまで勘だが、かのグットナイト・ロビショーも同じ疑念を抱いていたようだった――彼はもう去ってしまったので、確かめようはないが。
ただ、事実そうなのだとして、別段チザムを不実だと責め立てたいのではない。ファラデーだって、自分のことは何一つ語らずにきた。そして、最後通牒のように皆の意思を問うたチザムに、ファラデーは頷くことさえしなかったのだ。今だって、改めて突きつけられた問いに、ファラデーは答えなかった。
「――お前こそ」
諦めたように、チザムは深く長い息を吐いた。「パプテスタント、だったか?」
「オゥ、聴いてたの」
物見から戻ったレッド・ハーベストの知らせを聞いて以来ずっとあった重苦しい緊張が、僅かに緩む。けれど、それがかえってファラデーの心を重くした。あと一歩、それ以上は踏み込ませまいとする明確な拒絶が、二人の間には横たわっている。あるいは、だまし討ちのような形で個人的な戦いに巻き込んだ負い目がそうさせているのかもしれない。
さて、と思う。
あのとき――はじめてチザムと対峙したあの酒場で、ファラデーは、見抜かれた、と思った。チザムの鮮烈な腕前を見てなお逃げなかったのは、勝てる算段があったからでも若者らしい無謀な度胸を示したかったからでもない。彼は自分を殺さないだろうという直観があったのだ。
チザムの身なりや振る舞いにはアウトローらしい卑しさや見栄がなく、むしろ知性すら感じられた。ファラデーは確かに真っ当な生き方こそしてこなかったが、根っからの悪党ではない。けれど、腕だけは立つ。そしてチザムはそういう手合いを無暗に撃つような男ではないと、ファラデーはそう判断したのだ。その直観は当たり、チザムはファラデーを見た。そして、見抜かれた、と思ったのだった。
それは決して、ファラデーの独りよがりな思い込みではないだろう。だからこそ、チザムは馬代の貸しなどという無理筋を通してまでファラデーを誘い込んだのだ。ファラデーの腕前とその内心に横たわる深い洞を見抜き、命知らずのギャンブラーにはうってつけの死に場所を与えた。
そしておそらく今は、それを悔いている。
「確かに神様なんざ信じちゃいないが、でも愛されてる自信はあるぜ?」
なんつったって、世界一のモテ男だからな。そうファラデーが茶化すと、チザムは眉間の皺を深くした。決死の戦いを明日に控えていながらなお軽薄な男を演じ続けるファラデーの生き様を、もしかすれば憐れんでいるのかもしれない。
思えば、いつだって明確に「生きたい」と思ったことはなかった。
一日中酒を飲んではギャンブルに明け暮れ、日銭を稼ぐ日々だ。相手を挑発しながら、ときに銃を抜きあうこともあった。ここで死ぬのか、と思ったことも数えきれないほどある。そんなときファラデーは、冷静な頭で「まだ、死にたくねぇな」と思う自分がひどく可笑しかった。死にたくないから人を殺すし、まだ生きている。そうやって自分の行いを正当化しながら、まだ生きていたいのか、自分は本当に生きているのか確かめているのかもしれなかった。
そして、いつか「死んでもいい」と思える日が来るまで、と考えているうちに銃とイカサマの腕ばかりが上がり、殺した人間の数を数えるのにも飽きたころ、サム・チザムと出会ったのだった。
確かに自分は、神に愛されている。ファラデーはそう思った。