おかしな二人

 おおやけにできない仲だから、僕たちのデートスポットはたいていお互いの家かホテルで、それも一晩限り。となると、その一晩でやることはだいたい決まってくる。まあ、内容は多分お察しの通りだ。
「……ねえ、クリス。その手はなあに?」
 鏡越しにハンサムな恋人の顔を睨むと、まったく悪びれもせずににっこりと笑われた。僕の胸をやわやわと揉むいたずらな手をぱちんと叩き、再び身支度へと戻る。
「今日こそは二人で出かけるんでしょ?」
 姿見に映る僕は、誰がどう見ても浮かれきっていた。このまま雑誌の表紙だって飾れそうなくらい。途中でちょっと恥ずかしくなってカジュアルダウンしたけれど、濃いグレーのTシャツだけはおろしたての新品だ。久しぶりのデートらしいデートなんだもの、気合いだって入る。
 珍しく二日も休みが重なった僕らは、パパラッチの目を欺くために時間差で僕の家を出て、なんてことのない偶然を装って道端で出会い、たまたまお互いにオフだということを確認しあって、じゃあ夕飯でも、そりゃあいい、なんて会話を交わしながらレストランを探し、ちょっといいディナーを食べ、またなんてことない風に別れ、あとでまたこっそりと僕の家で合流するというルッソ兄弟も真っ青なプロットを書いた。一つ言い訳をさせてもらうと、クリスは今朝NYに着いたばかりで、ちょっとばかり頭がまわっいなのだ。
 いつもの自堕落なデートも嫌いじゃないけど、たまには恋人らしい「健康的な」デートだってしたい。これは、いわば僕の悲願だった。
「クリス、クゥリス。支度はできたの?」
「イエスマム、もちろんさ。でも君があんまり魅力的だから……」
「僕のせいにする気?」
 いけない子だ、と調子をあわせ、もう一つぱちんとお仕置きをした。痛いなあ、と全然堪えてなさそうな声で言ったクリスは、性懲りもなくいたずらを仕掛けてくる。最近の彼は特に僕の胸元にご執心のようで、女の子のそれを扱うみたいに寄せたり上げたり、手のひら全体でむにむにと揉みしだいたり。いい加減呆れて身支度に戻った僕は、けれどすぐにその判断を後悔する羽目になった。
「ちょっ……! だめだって、もう、ほんとに!」
 思わず体をすくませた僕を、鏡のなかのクリスがしてやったりの顔で見た。クリスの指が、僕の胸のとってもデリケートなところをくにくにと摘まみだしたのだ。
「ワオ、敏感だな」
 吐息をたっぷりと含んだ声で囁かれ、クリスの硬くなりはじめたモノをお尻のあたりに押し付けられる。ぎょっとして振りかえると、餌の前でステイをしている犬みたいな顔のクリスが首を傾げて僕を見返した。
「だめ? ほんとに?」
「可愛い顔したってだめ! 今日だけは絶対にだめ!」
 雰囲気に流されやすい自覚のある僕は、なんとしてもこの場から逃れようと身を捩った。つられて立ち上がりつつある下半身をなんとか治めて、クリスの足を思いっきりふんずける。ぎゃあっと声を上げたクリスは、けれど僕の乳首を諦めてはくれなかった。
「しぶといなあ!」
「何とでも言えよ。だって、こんな……」
 そう言って、クリスがこれ見よがしに僕の乳首をシャツごと引っ張る。
「んあ……っ」
「ほら、服の上からでもわかるくらい固くなってる」
 クリスの言葉通り、僕のそこはすっかり芯を持って立ち上がっていた。シャツをつんと押し上げ、クリスの指のあいだでその存在をしっかりと主張している。人より少し大きいせいか、ただでさえ普段から目立ってしょうがないのに。多分、いや絶対にクリスのせいだ。
「そこはやだっていつも言ってるだろ……!」
「なんで? こんなに可愛いのに」
 クリスはそう言って、両方の乳首をめいっぱい引っ張った。そのまま爪で先っぽを引っかかれると、どうしようもないじれったさが僕の下半身を襲う。僕が必死に抵抗すると、痛みを感じるくらい強くつままれ、指の間でこりこりと縊られた。反射的に腰がびくびくと跳ねる。ああ、まずい。今日こそは流されないって決めたのに。
「デート、行くんじゃ、あっ!」
「こんないやらしい格好でデートに行く気?」
「君のせいだろ……!」
 僕の反論を封じるように、一際強く左側の乳首を引っ張られる。そっち側が特に弱いと知っての暴挙だ。
「あっ、んんっ……」
 思わず仰け反って呻いた僕の耳元で、クリスが嬉しそうに笑う。
「ほら、見てごらんよ。いまの君、すっごく可愛い顔してる」
 そう言って、クリスが後ろからおもむろに僕の顎を掴んだ。嫌な予感はしたけど、そこにいたのはすっかり上気した顔でクリスに寄りかかる僕と、そんな僕を鏡越しにうっとりと眺めるクリスだった。姿見だから、窮屈そうな僕の下半身までばっちり映っている。
「へんっ、たい、かよ……っ!」
「それはこっちの台詞。まだここしか触ってないのに」
 引っ張っては離し、押し潰しては優しく撫で、クリスはひたすら僕の乳首をいじめ続けた。鏡に写った僕のそこは、濃い色のTシャツ越しにさえわかるくらい充血して盛り上がっている。いやだって言ってるのに。今日だけじゃない、いっつもだ。
「やだ……っ、デート、行くんだろっ……」
「明日にしよう、ね? いいだろ?」
「よくない……!」
 デート、とうわごとのように繰り返す僕の口を、クリスの指が強引に塞いだ。拒む暇もなく突っ込まれた人差し指と中指が僕の歯をぐいぐいと抉じ開け、だらしなく緩んだ舌を弄ぶ。
「君ってなんでこんなにいやらしいの?」
 口のなかまでエロいよ、なんてイカれた文句を吐かれ、僕は訳もわからず呻いた。口のなかってエロいの? 僕、もうクリスがわかんないよ。
「ねえ、舐めて。僕に見えるように」
 出たよ、クリスのおねだり。冷静にそんなことを思う僕と、従順に快感を追いかけはじめた僕が頭のなかで喧嘩をはじめる。実際はおねだりに見せかけた命令なのだけど、うまいこと躾られた僕の体はとっくにクリスの命令に従いたがっていた。
「ねえセブ。今度会うときはもっといいとこに連れてってあげるから」
 ほら、と舌を押され、それでも渋っていると今度は歯茎を引っかかれた。中指で舌を、人差し指で歯茎をなぞられると、自然とだらしなく口が開く。
「ああ、可愛い。……ここ、ちょっとずれてるんだな」
 こつこつと前歯をノックされ、ほんの少しの段差を指先でなぞられた。クリスのこういうとこ、ほんとによく分からない。フェラチオの後のキスは嫌がるくせに、他人の歯をべたべた触るのはオッケーなの? そっちのほうがアブノーマルじゃない?
「噛むなって、ほら。舐めて」
 抗議の代わりに指を噛んだ僕を叱るように、クリスは空いている左手で再び僕の乳首をいじめだした。Fワードの一つも吐きたかったけど、生憎口は塞がれている。
「そう、上手だ……」
 言うとおりに指を舐めてやってるのに、クリスの左手はまだ僕の胸から離れようとしない。
「んっ、くい、ふ……」
 クリスの指が邪魔で、名前を呼ぶのもままならない。ねだってると勘違いでもされたのか、優しげな顔で右耳を噛まれた。違う! と叫びたかったけど、口からはとろけきった喘ぎ声ばかりが漏れる。そうしているうちに、クリスの手は僕のベルトに伸びていた。
「挿れないから。ね、いいだろ?」
 よくねえよ、と言いたかったけど、ここまできたら諦めるしかない。だって、僕のペニスも勃っちゃってるし。ああ、そうさ。僕は流されやすいんだ、仕方ないだろ!
 力なく頷いた僕を見て、クリスの顔がステイを解かれた大型犬みたいになる。つまり、嬉しくって仕方がないって顔だ。
「ああ、セブ! 愛してるよ!」
 僕のおっぱいと歯をかい? と聞いてやりたかったけど、まだクリスの指をしゃぶらされているせいで言葉にはできなかった。聞いたところで、「お尻もキュートだ」とかそんなような答えが返ってくるに違いない。うんざりだ。でも、僕はそんなクリスを愛しているのだった。

「……君って最低だ。言われたことない?」
 ベッドの上で唸る僕に「どうだったかなあ」とクリスがうそぶく。結局「挿れないから」という約束は守られなかったし、デートは当然のごとくお預けだ。うつ伏せになってふてくされる僕の頬を、ヘッドボードに寄りかかったクリスが横から楽しそうにつつく。
「だってさあ、君の乳首があんまり可愛いんだもの」
「……乳首だけ?」
「顔も。あとお尻もキュートだ」
 想像したのとほとんど同じ答えが返ってきたので、僕は怒るよりさきに笑ってしまった。仕方ない、これがクリスだ。
「――ところでさ。もっといいとこって、どこ?」
 そう言いながらクリスのほうへ向き直ると、びっくりするくらいの笑顔が僕を迎えた。機嫌を直してくれて嬉しい、って顔じゅうに書いてある。だったら最初から約束を破るなって言ってやりたかったけど、今日はもうママみたいなお小言はなしだ。
「セブの行きたいところならどこでも」
「ほんとに?」
「ほんとに。ディズニーランドだろうとユニバーサル・スタジオだろうと、どこでも」
 真面目腐った顔で馬鹿げたことを言うクリスに、僕はたまらず吹き出してしまった。「自分の顔が書いたグッズを売っているテーマパークに行くなんて正気か?」と僕が言うと、クリスは「クリス・プラットに衣装を借りなきゃな」とまた真面目腐った顔で言った。
「スター・ロードの恰好をしたクリス・エヴァンスがガーディアンズのライドに乗ってるなんて最高だろ?」
「そうだね。パパラッチはいつでもクレイジーなセレブが大好物だ」
「その通り。君は顔を緑に塗らなきゃいけないから、準備に半日かかるぞ」
「嘘だろ? 僕、ゾーイになんて言えばいいんだ!」
 僕らはその馬鹿げた空想に腹を抱えて笑い、「やっぱりソーにしようかな、鍛えなおさなきゃ」とか「だったら僕はロキだな、ズボンのすそを詰めてもらわないと」なんて冗談をひとしきり言い合った。真面目に想像してみると、飄々とした三枚目のプレイボーイを演じるクリスも見てみたいし、長い髪をなびかせてハンマーを掲げる姿はきっとすごく神々しくてセクシーだと思う。でも、プラットやヘムスワースほどはしっくりこない。クリス・エヴァンスに一番似合うのはやっぱりキャプテン・アメリカだし、クリス以上にキャプテンが似合う俳優はいない、絶対に。そう言うと、クリスはなんとも言えない顔で僕をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「君以上のバッキーだってどこにもいないよ」
「じゃあガモーラのコスプレはナシだな?」
「……あの衣装、腰のラインがすっごくセクシーだと思わない?」
「思う、けど、着たいとは思わない」
 僕の返答を聞いたクリスは大袈裟に嘆き、「バッキーの衣装、次はもっとタイトにしてもらおう」とふざけたことを言った。
「あれ以上タイトになったら、僕はもうチョコレートと一生お別れだ」
「君、本当に甘党だもんな。バニラアイスちゃん、だっけ? それとも、ぽっちゃり肉団子くん?」
「よせよ、君まで。チョコラチーノに言いつけてやる」
 ひどい、僕だけ仲間外れだ、と騒ぐクリスはまるで子供みたいだ。体ばっかり大きな子供。そんなところが好きだし、ずっと変わらずにいてほしいと思う。でも、次こそは絶対に約束を守ってもらわないとね。
「……ディズニーランドも楽しそうだけど、セントラルパークで君と日光浴がしたいな。明日の昼にでもさ」
「なに、そんなことでいいの?」
「いいの」
 それくらいなら、さすがのクリスも我慢できるでしょ。そう言うと、罰が悪そうなしょぼくれた声が「ごめんね」と告げた。ようやくだ。
「……セブ、ずっと楽しみにしてたのに」
「ふふ、君ってほんと単純だなあ」
 何度も言うようだけど、僕はそんなクリスが大好きなのだ。多少の無茶や馬鹿なんかすぐに許せてしまうくらいに。だから、彼と一緒に笑っていられるなら場所なんて関係ない。二人でいられるのなら、いつだって、どこだっていいのだ。
 まあ、ディズニーランドも捨てがたいけどね。それは、いつかのお楽しみにとっておくことにしよう。