サムはバーンズを待ち、ローズはトニーを待っている。四人揃えば奇妙極まりない取り合わせだが、ローズはさほどの気まずさもなく見慣れた内装を眺めていた。
全宇宙から人口の半分が消失し、紆余曲折あって全ては元通りになった。失ったものは多いが、得たものもまた多い。そのうちのひとつがサムとの友情だった。
「……遅いな」
落ち着かない様子で部屋を往復するサムに、ローズはなるべく気安い顔で笑いかけた。
「そう気を揉むな。……いまの二人なら大丈夫さ」
着席を促すようにカフェテーブルをノックすると、サムは思いのほか素直にローズの斜向かいへ腰かけた。L字型のソファの両端に腰かけた二人は、その距離が暗示するようなよそよそしさで目線を交わし、しばし無言で各々の指先を眺めた。
「もう軍には戻らないのか?」
先に切り出したのはローズだった。サムの肩が僅かに強ばり、重い沈黙が部屋を満たす。けれど、それは一瞬だった。すぐ彼らしい飄々とした表情が浮かび、ローズは柄にもなく安堵する。
「――これでも案外、今の生活が気に入ってるんだ」
「安ホテルも?」
「まあ、そう悪くないぜ。固いベッドは慣れっこだし」
整った目元をやんちゃそうに眇め、サムは笑った。緊迫した戦いの最中でさえユーモアを忘れない男の、ある種鎧のような笑顔だ。
「残念だな。お前をこき使えれば俺も随分楽なんだが」
「よせよ。あんたの部下なんて、エリートだらけで息が詰まっちまう」
違いない、とローズも笑った。軍隊式の階級意識には、ローズでさえ時折息苦しさを覚える。自由に空を飛び回りたくてパイロットを目指したはずが、気付けばさまざまなしがらみに絡めとられて地面を這いずっていた。手柄を立てれば立てるほど空が遠ざかり、いつしか空を飛ぶ喜びさえ忘れかけていた。そんな自分を再び空へ戻してくれたのがトニーだった。
「――それに」
何かを言いかけて、サムの表情が不意に曇る。ローズは黙って続きを待った。
「俺はあんたを掴めなかった。……背中を預かる資格なんてない」
震える息を両手に吐き出し、サムが絞り出すように言った。――あの戦いは、多くの人間に消えない傷を刻んだ。最も目に見える形で残った傷が、ローズの動かない両足だった。
「――あの小生意気なガキがなあ」
ローズはしみじみと笑った。怪訝そうにするサムを励ますように両足を動かし、彼の隣に座り直す。
「最初は反対したんだ、人間に翼をつけて空を飛ばせるなんて正気じゃないってな。――でも、お前たちはやってのけた」
驚きに見開かれたサムの両目を覗きこみ、ローズはそこに懐かしい面影を見た。成功するとも知れないプロジェクトに駆り出され、命を晒して空を飛んだ若者たち。かつてのローズは彼らを敵地の空へ送り出し、安全を保証された基地から無事を祈ることしかできなかった。
「生意気そうなガキばっかりだったが、お前はその中でも一番クソ生意気な面構えだった」
「……あんた、知ってたのか」
「当たり前だろう。空に送り出したやつのことは全員覚えてるよ。――墜ちていったやつもな」
サムの肩が震える。踏み込むべきか迷いながら、けれど伝えずにはいられなかった。
「お前が飛ぶことをやめなくてよかった。そうなってたら、俺は自分を許せなかった」
サムは顔をくしゃりと歪ませ、それから何かを堪えるようにじっと俯いた。ローズは思う。あれほど美しく空を飛ぶ男から、翼を奪わずにすんでよかった、と。悔しいけれど――空を飛ぶサムは誰よりも美しく、誰よりも自由だった。機械に守られ、モニター越しに眺めるよりもずっと間近に空を感じ、本物の鳥のように舞う。そんなサムを羨ましく思うことさえあった。そんなこと、決して言ってはやらないけれど。
「まあ、ともかく――トニーも身を固めちまったし、俺の背中を預けられるのはもうお前だけなんだ」
よろしく頼むぜ、と肩を叩くと、ようやく笑みを浮かべたサムがローズの両目を確かに捉えた。
「……二度と堕ちんなよ」
「当然だ」
生意気な若者の顔でローズを睨んだ男は、今度こそ鎧を脱ぎ捨てた顔で笑った。その顔が思いのほか可愛らしくて――ローズは少しばかりの戸惑いとともに、空に愛された男の逞しい肩を揺さぶった。
ロディサム
未満/IW後の捏造アース
