目の前に座った男があんまりハンサムだったので、ワンダは思わず感嘆を漏らした。
「……ワァオ、誰かと思った。バッキー?」
問われたバッキーは照れるそぶりもなく肩をすくめ、長い前髪を撫でつけながら仄かに笑ってみせる。そっちこそ、なんて嘯いて、口の端だけちょっぴり上げて。そのルージュ、君の肌色にすごくあってる、だって。いままで、あんまり周りにいなかったタイプの男のひとだ。トニーがすこし近いけれど、彼はもっとめんどくさい言い回しを好むうえ、ひどい照れ屋だった。クリントはまるっきり保護者って感じで、サムはけっこう硬派。バナー博士とはプライベートな話ができるほど打ち解けられてなくて、スコットはよく気が付くけど、気の置けない女友達みたいな感じ。ヴィジョンはまあ、いくらかマシになったとはいえあんな感じだし、ソーは駆け引きとかお世辞とか、そもそもそんな発想がないみたい。キャプテンは、言わずもがな。ほんとうに同じ時代の人間なのかしら、って思うくらい。
上目でそっと盗み見ながら、カフェラテの泡をふくむ。いつものカフェが一気にグレードアップしたような気がして、ちょっと気分が上がった。テラス席を選んだ自分をほめてあげたいくらい。
「キャップのこともコーディネートしてあげたら?」
「宝の持ち腐れ、ってやつだな」
ニホンのことわざ、とバッキーが言い添える。たしかに、あの恵まれた顔とスタイルで、どうやったらあんなに地味でいられるのかしらって思うくらい、キャプテンは自分の見た目に無頓着だ。その点、目の前の彼は見事だった。長い脚が際立つ細身の黒いスラックスに、シンプルな白のカットソー。軽く羽織ったデニムジャケットのサイズ感も完璧で、変装用のサングラスは下品すぎないシンプルなスクエアフレーム。そこにきて足元のワークブーツがいいアクセントになっていて、キメすぎず、ラフすぎない、ハリウッドセレブのオフショットって感じ。ほめ過ぎかしら?
「……それにしても、ほんと見違えた」
ワンダは、バッキーと初めて会った時のことを思い出していた。会った、といっても、自己紹介すらままならないうちにトニーたちとの闘いが始まってしまって、あとは思い出したくもない記憶が続く。次に会ったとき、彼はもう冷凍ポッドの中だった。
「君こそ。ちょっと見ないうちに、随分素敵なレディになったもんだ」
バッキーは、ほんとうになんでもないことのように笑ってそう言った。
三年の歳月を「ちょっと」といっていいのかワンダには分からないが、彼の長くドラマティックすぎる人生を思えば、それはほんの転寝ぐらいの感覚だったのかもしれない。――三年。彼が冷凍ポッドに入ってから今日まで、三年の月日が経った。その間世界では色々なことがありすぎたし、ワンダにしてみれば長い年月だったけれど、一世紀を超えて生きる彼やキャプテンにしてみればあっという間の三年だったのだろうか。それとも、彼らにしたって長い三年だったのだろうか。
自分だってそれなりに色々あった人生だし、想像を絶する、なんて言葉はあんまり軽々しく使いたくはないのだけれど、同じハイドラの実験施設にいたワンダでさえ目を背けたくなるような人生を、彼は歩んできたのだ。それでも自らその命を絶つ選択だけはしなかった彼が、ワンダは時々とても切なく思えた。こうして向かい合っていても、ほとんどその感情の波を感じ取れない彼。心を殺すことに慣れてしまって、もう自分を殺すことに疲れきってしまったのかもしれない。
それでも、とワンダは思う。
それでも、たとえどんな後ろ向きな理由だったとしても、きっと彼は何度でもキャプテンの元に帰ってくるのだから。
それでいいじゃない。と、ワンダは思うのだ。
生きてさえいれば、それで救われるひとがいるのだから。
「――そういえば、さっきキャプテンに叱られたわ。その恰好はちょっと刺激的すぎるんじゃないか、って。あなたもそう思う?」
ほんとうはほんの少しお小言を頂戴しただけだったのだけど、ワンダはわざと大げさに言ってみせた。わざとらしく足を組み替えて、ツンと顎を上げる。ワインレッドのミニ丈ワンピースは、最近では一番のお気に入りだった。編上げのニーハイブーツはナターシャからのプレゼントで、こっちもとびきりのお気に入り。黒のライダースジャケットは、初任務が成功したお祝いにクリントを連れまわして買ってもらったもので、もちろん年季の入ったお気に入り。つまり、ワードローブにあるお気に入り達でまとめた渾身のコーディネートだったのだけど、お堅いキャプテンには伝わらなかったみたい。
そんなこと知るはずもないバッキーは、けれど呆れたふうに笑って肩を竦めてみせた。
「スティーブが? ……あいつ、ほんと朴念仁だから」
ふっと目元が緩むと、彼はますます魅力的な顔になった。もしくは、彼の頭に過ったひとのおかげかしら。
「ジェネレーションギャップ? それとも、昔っから?」
「昔っから。夜にその辺歩かせてみろ、あいつ卒倒するぜ」
バッキーはちょっと意地悪く笑って、でもその瞳の奥には確かに暖かな愛情があった。能力なんか使わなくてもわかる。不意に、故郷の空を思い出した。もうなくなってしまった故郷。ともに想い出を語り合うひともみんな失ってしまった、遠い遠いワンダの故郷。
この瞳を見るにつけ、キャプテンとともに駆けずり回った三年間は無駄ではなかったのだと、ワンダは安堵とともにそう思うのだ。この瞳が世界から失われなくて、本当によかった。だってきっと、キャプテンはそこに彼らの故郷を見るんだもの。それを感傷だとか執着だとか、そんなふうに言う権利は誰にもないはずだ。
「じゃあ次は、キャプテンと三人でナイトツアーがいいかしら」
「そりゃあいいが、じいさん二人が相手じゃ退屈だろ?」
「何言ってるの、三年分の貸しがあるんだもの。たったの荷物持ち一回じゃ割に合わないわ」
君、なんだかロマノフに似てきたんじゃないか? なんて言ってバッキーは笑った。そうだ、とワンダは言ってやりたかった。帳簿に赤があるのは、みんな同じ。ナターシャの強かで傷だらけの人生は、ワンダの憧れだ。居場所くらい自分で選べるし、戦う相手だってそう。あなただって、もう可哀想な操り人形じゃない。そう言ってやりたかったけれど、それは多分ワンダの仕事ではないのだった。
だからその代り、目一杯外を引きずり回してやるの。
堅物で朴念仁だけど、最高にあきらめの悪いあのひとの代わりに、ね。
ワンダとバッキー
IW前の捏造アース
