抱き締める

 バッキーのことをプレイボーイだと言う人がいる。ハンサムで、人気者で、彼の周りにはいつだって女の子がたくさんいる。だからそんなふうに言われるのだと思うけど、僕は決してそうは思わなかった。
「スティーブぅ……」
 酔って僕の部屋を訪れたバッキーは、さっきからずっとめそめそと泣いている。フラれたんだそうだ――今の彼女の名前はたしかクリスティン、といったと思う。ジンジャーブロンドの美人で、でもすこし思い込みがはげしく、嫉妬深いところがあった。
「ほら、水。――ここで吐くなよ」
 バッキーはしゃくりあげながらグラスを受け取り、半分ほどを一気に飲み干した。濡れた唇を乱暴に拭い、目を真っ赤にはらしたバッキーが僕を見る。
「すぐ新しい出会いがあるさ。君はモテるし」
 月並みな言葉とともに肩を叩いた僕の曖昧な笑い顔が、たっぷりと水分をたたえたブルーグレーの瞳にぼんやりと映る。
「……そういうことじゃないんだ、スティーブ」
 まるで悲劇のヒーローのようにうちひしがれたバッキーは、震える手で床にグラスを置き、隣に立つ僕を切実な顔で見上げた。
「――俺は、誰かのたった一人になりたいんだよ」
 それがどんなにわがままな願いか、バッキーはちっとも分かってない。けれど、僕はそんなバッキーのことが好きだった。
「……彼女は君にふさわしくなかった」
 僕は負け惜しみのようにそう言って、バッキーのしおれた肩を二度叩いた。バッキーの腕がのろのろと伸び、僕の痩せた背中をすがるように抱く。
「寂しい。……寂しいよ、スティーブ」
 おいおいと泣きはじめたバッキーを宥めるように、僕もそっと彼の背中を抱いた。嗅ぎなれたバッキーのコロンが鼻腔を満たし、僕は肺にそれをたっぷりと吸い込んだ。
 この瞬間だけ、バッキーはただ僕ひとりだけのものになる。
「――今日はベッドを使ってもいいぞ」
 そう言って笑った僕の気持ちを、バッキーはきっと最後まで理解することはないだろう。けれどそれでいいのだと思う。僕はそんなバッキーのことが好きなのだから。