ハッピーエンド(蓮真)

 映画といえば、真司はやっぱりアクションだと思う。
 心臓に悪いサスペンスやホラー、小難しいミステリーなんかはあまり好きではなくて、観るなら痛快なカンフー・アクションやヒーローもの、コメディタッチのバディものなんかが好きだ。
 そんなことを言いながら衛星放送のチャンネルをザッピングしていると、後ろから「馬鹿が観る映画ばかりだな」と非常に失礼な答えが返ってきた。
「そ、そんなことないだろ……!」
 憤慨しながら振り返り、ソファの背もたれ越しに睨みつける。睨まれた蓮は、ダイニングでコーヒーを淹れながら小さく鼻を鳴らし、小馬鹿にしたような目で真司を一瞥した。
「お前、仮にも記者なんだから、もう少しテーマ性のあるものも観ろ」
「……テーマ性?」
 頭の上に疑問符を浮かべた真司がそう問い返すと、蓮は、いよいよ呆れて物も言えない、というような顔で大袈裟なため息をついた。
「うわっ。腹立つなあ、その反応」
「そう思うんなら、もう少し勉強したらどうだ」
 そんな蓮の小言に「はいはい、どーせ俺は馬鹿ですよ」と僻みっぽく返し、テレビへ向き直ってザッピングを再開する。旅番組、スポーツ中継、再放送の古い刑事ドラマ。どれも嫌いじゃないが、今夜はやっぱり映画の気分だ。
 迷いに迷った挙げ句、結局、一度観たことのある海外のアクション映画にチャンネルを合わせた。丁度物語が動き始めたところで、誰もが認める名コンビだった二人の警官が袂を別ち、一人が敵方へ寝返ってしまうシリアスな場面だ。
 一度観たから、結末がどうなるかも知っている。
「……やっぱやめた」
 真司はぽつりとそう言うと、再びチャンネルを変えた。今度は有名なシリーズものの邦画で、これも前に観たことがある。これにしよ、と頷いた真司の隣に、二人分のマグカップを持った蓮が並んで腰かけた。
「なんで変えたんだ」
「さっきのがよかった?」
「いや、別に」
 そう答えながら、その横顔はなんとなく不服そうだ。真司は深い赤色のマグカップを受け取りながら「あの映画、最後どうなるか言っていい?」と小さく首を傾げた。
「構わないが、長くなるようなら先に寝るぞ」
 蓮はそう言ったが、長い脚を組み、背凭れへゆったりと体を預けている。だから、これが単なる軽口だというのはすぐに分かった。真司も同じように上半身をソファに預け、いつでも散らかりっぱなしの頭を整理するようにぽつぽつと言葉をつむぐ。真司が語ったあらすじはところどころ曖昧で時系列もめちゃくちゃだったが、蓮は思いがけない辛抱強さで聞いてくれた。
「……それで結局さ、寝返った方の警官が死んじゃうんだ」
「まあ、そうだろうな」
「面白いし、結構明るい感じに終わるんだけど。……でもさあ、主人公の相棒は、最後に死んじゃうんだよね」
「元相棒、だろ。それに、自業自得だ」
「そうなんだけど。でもさ、なんか、悲しいだろ」
 真司はマグカップの中の黒い水面を見つめ、そう呟いた。悲しい話は好きじゃない。夢見がちだとか子供じみているだとか、そんなことは真司にだって分かっていた。それでも、救われない人間がいるのは悲しい。フィクションの世界だって、道を誤った人間がそのまま死んでしまうのは辛い。
「俺はね、映画もドラマも漫画も、なんでもハッピーエンドが好きなの」
 どうせ鼻で笑われるだろうな、と思いながらそう続けた。蓮は自他ともに認める現実主義者だ。
 けれど蓮は、少しだけ呆れたように笑って、けれど馬鹿にしたふうではなく、真司の勘違いでなければ、どこか嬉しそうに言った。
「……お前らしいな」
 その言葉が思いがけず嬉しくて、ぱち、と驚きに目を瞬く。それから、照れを誤魔化すように手元のコーヒーへ口を付けた。
 コーヒーは少し苦かったけれど、今夜の蓮は、いつもよりちょっとだけ真司に甘いみたいだ。

2019.10.9