085 太陽(サムバキ)

短くてポエミ~です
 サムは太陽が似合う男だ。
 その思い付きを「詩人だな」などと自画自賛しながら、上空を旋回するちいさな影に見入った。ウィングスーツの存在を知らなければ、本物の鳥と見紛ったに違いない。
 ジェームズは地面に立って空を見上げている。ほとんど真上を見上げる格好になっているせいで、首の後ろが鈍く痛んだ。ほかのエージェントたちが粛々と出動命令に備えている横で、ジェームズは呆けた子供のようにじっと空を見上げていた。
 ジェームズがまだ子供だった頃は、旅客機に乗ることでさえ夢のような話だった。あれは富裕層の乗り物で、ジェームズのような庶民が空を飛びたいと思ったら、空軍に入って戦闘機乗りになるのが一番現実的だった。実際、そのためだけに志願して入隊した人間も何人か知っている。
 ちいさな影が、うろこのように薄く伸びた雲を真っ直ぐ切り裂いた。
 眩しさに目を細めながら、影のゆくさきをじっと見つめる。
『……位置についたか?』
「ああ」
 イヤーモニターから聞こえた呼びかけに短く応じる。太陽の日差しを遮るように手のひらをかざし、何度かきつく瞬きをした。強い光に眩んでいた視界がじわじわと色覚を取り戻してゆく。すると、ちいさな黒い点でしかなかった影がぼんやりとした輪郭をとった。
 あの翼なら、どれだけ太陽に近づいても焼かれることはない。
 その肉体が許す限り、どこまでもどこまでものぼってゆける。
「……詩人だな」
『あ?』
「いや、こっちの話」
『ぼーっとすんなよ。暑さにやられてんのか?』
「違うって。お前に見惚れてたんだ」
『……バーカ』
「馬鹿で結構」
 開き直ってそう返すと、短い舌打ちのあとすぐに通信が切られた。
 ちいさな影がぐるぐると頭上をまわる。ジェームズは飽きもせずその姿を眺めつづけた。
 昔から、空よりも海や山のほうが好きだった。飛行機よりも車やオートバイのほうが好きだったし、操縦桿よりも銃のグリップのほうが手に馴染む。
 それなのに、なぜいまになってこれほど惹かれているのだろうか。
「まぶしいなあ」
 そう言って、またきつく瞬きをした。
 長いこと空を見上げていたせいで、平衡感覚を失った足元がぐらぐらと揺れる。踏みしめるように足の裏へ力をこめ、ぐるぐるとまわる影を見つめた。
 サムは太陽が似合う男だ。
 ずっとずっと、許されるならばいつまでだって、この光景を眺めていたかった。