03.Crazy He Call Me
『何か月になるんだっけ』
無線越しに何が、と聞き返すと、サムが笑って混ぜ返した。
『とぼけんなよ、バーンズとのことだ』
「ああ。えーと、そろそろ四か月かな」
『へえ、もうそんな経つのか』
事前に打ち合わせていた手順通りに廃ビルのブレーカーを落とすと、三階にいる制圧対象達が色めきたつのが聞こえた。屋上からサム、地上階からスティーブが挟み撃ちにする計画だ。夜目の効くスティーブはなんの問題もなく非常階段を駆け上った。偵察機のレッドウィングから得た情報をサムから随時報告される。
『入口に見張りが二人、室内には五人。変わりなしだ』
「例の物は?」
『ビンゴ』
非常口のドアを破壊し、目標のフロアに突入する。盾が見張りの二人を昏倒させるのと同時に、サムが放った催涙弾の煙が廊下まで到達した。ゴーグルとマスクを装着し、サムの応援に向かう。三人は既に気絶していたが、二人がまだ窓の外を飛ぶサムと応戦中だった。毎回のことながら、サブマシンガンの弾幕をこともなげにかわす飛行術はさすがの一言だ。いつも文句も言わずおとり役を買ってくれる意気に感謝しながら、もう一度盾を放った。
『遅いぜキャプテン』
「君が変なことを聞くからだろ」
手際よく七人を拘束しながら、レッドウィングのスキャンを待つ。アメリカ各地の空港への爆破予告を受けての出動だった。案の定大量の爆薬と作成済みの爆弾が見つかり、あとは爆弾処理班の到着を待つだけとなる。
「まったく、参るぜ」
「昨日は薬、今日は爆弾。毎日休む暇もないな」
「明日はなんだろうな。宇宙人じゃなきゃいいが」
「僕は休暇。半月ぶりだよ」
「あーあ、羨ましいぜ」
サムは大げさにため息をついて、いじけたようにコンクリート片を蹴った。
「――そうだ、バーンズのことを聞きたかったんだよ。元気にやってんのか?」
埃にまみれたユニフォームを叩いていたスティーブは、サムの問いかけに曖昧な顔で首を傾げた。
「どうだろう、僕もあんまり会えてないから。でも、最近はだいぶ明るくなったよ」
ふうん、と気のない返事を寄越したサムは、けれど真剣にバッキーを案じているようだった。長くはないが濃い付き合いだから、空気でわかる。
「暇ってのも、あんまり体にゃあ良くないからな。はやく外出許可だけでも出るといいんだが」
「うん。体力が余って眠れないってぼやいてた」
スティーブはそっと苦笑して、同居をはじめた当初のバッキーを思い返した。
毎晩の悪夢とフラッシュバックに精神を擦り減らし、ときおり我を忘れて自傷を繰り返す。反対に、何もかもなかったような明るい顔で昔の話をしてくれることもあった。かと思えば突然外国語で話し始めたり、大きな音や光に反応して殺気立つこともあったし、沈み込んで一切の呼びかけに反応しないこともあった。それが落ち着いたのは、スティーブが彼に自分の気持ちを告げたあたりからだ。
何度目かの不毛な言い争いの後、勢い余って「親友に戻れないのなら恋人になってくれ」とスティーブは言った。最期まで一緒なんだろう、と言い、また僕を置いていくのか、と詰った。それから、君を愛しているんだ、と言って泣いた。その頃にはもう、スティーブの精神も限界だったのだ。
二人の運命は、簡単には切り離せないほど複雑に絡み合っている。ならば、どこまででも二人で堕ちていく覚悟だった。
「そういや、あんたもだいぶ明るくなったよな」
サムの言葉はスティーブにしてみれば唐突だったけれど、多分、長いこと心配をかけていたのだろう。
「そんなに酷かった?」
「自覚ないのかよ。今だから言うが、そのうち心中しちまうんじゃないかって気が気じゃなかったんだ」
ぶっきらぼうな口ぶりだったけれど、だからこそ真実味があった。サムの気遣いはいつも遠回しで嫌味がなく、スティーブは後になってからそのありがたみに気付く。
「悪かったよ。……バッキーも君に感謝してると思う」
ふん、と鼻を鳴らしたサムが、目を覚ましはじめたテロリストたちを再び昏倒させながら言った。
「なら行動で示せって言っとけ」
「はは、伝えとくよ」
サムに手を貸しながら、スティーブは家で帰りを待っているだろうバッキーのことを思った。ここ最近はもう、長期間の任務でも不安に思うことはない。バッキーが「お帰り」と言ってスティーブを出迎えてくれるようになったからだ。キッチンで気を失っていることもないし、ベッドルームで塞ぎこんでいることもない。リビングにはいつも何かしらのレコードがかかっていて、時間によってはそこに食事の支度をする音が混じることもある。
バッキーの待つ家に帰るためなら、いまのスティーブにはなんだって出来る。
「くそ、幸せそうにしやがって。俺も彼女つくるかなあ」
「君ならすぐにいい人が見つかるさ。僕が保証するよ」
「……うるせえ」
八つ当たりだろう。ひときわ強烈に首を絞め上げられたテロリストが悲痛なうめき声を上げた。
