カップリング未満なサムバキ
EG後の二人
EG後の二人
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山羊の世話はいいのか、と聞くと、バーンズは「みんな譲った」とさっぱりした声で言った。遠くで離陸準備に入ったプロペラ機が風を巻き上げ、長い髪が横顔を覆うように翻る。サムはワカンダの広大で乾いた草原と、そのなかにぽつねんと立つ片腕の男の姿を思い出していた。
たしかに、山羊を手放したこと自体はまっとうな判断だと思う。ヒーロー家業というのは、えてして不規則で不安定な生活を強いられるものだ。とても自分以外のいきものの面倒を見ていられるような暮らしではない。
それからすこし迷って「家はどうした」と聞くと、バーンズは山羊のときと同じ声で「返した」と言った。
「……あれ、借家だったのか」
「ああ」
いささか焦点のずれたサムの問いに、バーンズは相変わらずさっぱりとした声で答えた。曲がりなりにも人並みの暮らしを営んでいたはずの場所を、まるで惜しむところのない様子で「返した」とだけ言う。すくなくない労力と心を傾けて育てただろういきものを「譲った」とだけ言う。その心中を推し量ることはできない。
スティーブを長く短い時間旅行へ送り出したときも、帰ってきた彼が一回り以上ちいさくなっていたときもそうだった。たとえその痩せた背中に遠からぬ別れの気配があっても、バーンズの声にはいつだってさっぱりと乾いた響きがあった。
バートン一家を運ぶ機影が遠ざかるにつけ、サムの不安は膨らむばかりだった。トニー・スタークの短い弔いが終わり、ひとり、またひとりと家路につく。帰る家があるものはいい。家がなくとも、尽くすべき組織や使命があるものや、ただ元の暮らしへ戻ってゆけばよいものはいい。
この男は、きっとそのどれも持たずにここへ立っている。
「ワカンダには、もう戻らないのか」
「ああ」
「ティチャラは?」
「助けが必要になったら呼ぶと」
バーンズは纏わりつく髪を払うように頭を振り、そのまま首をかしげてサムを観た。
「そういうお前は?」
サムは一瞬言い淀んで、あきらめたように長い溜息をついた。
「……五年、消えてたんだぞ」
明日から部屋探しかもな。
そう冗談めかして続け、肩を竦める。かつて自分が住んでいた部屋のありさまを確かめてすらいない。
自分や多くの仲間たちを含め、あの日唐突に消えた世界の半分の人々はみなそのままの姿で戻ってきた。しかし、世界はその半分を置き去りにしたまま五年分の時を進めている。
スコット・ラングは見届けられなかった娘の五年間を惜しんだが、クリント・バートンの子供たちはみなすっかりあの日と同じ姿で戻ってきたという。街に人々の賑わいが戻っても、行方不明者を探す張り紙や犠牲者を悼む石碑は残り、主を失った空き家の枯れた芝生が元に戻ることはない。つぎはぎのように形を変えた世界は、元通りになるでも、まったく新しく生まれ変わるでもなく、奇妙な均衡を保ちながら再び前へと進みはじめた。
その前進と引き換えにして、永遠に失われたものもある。世界のなりゆきを見届けるまえに、自ら肩の荷を降ろしたものもいる。それぞれの選択は尊重されたが、残されたものはまだ到底すべてを受け止めきれずに、こうして呆然と空を見上げている。
帰るべきところがないのは、サムも同じだった。スティーブから受け継いだ盾だけがある。たったひとつの荷物。なのに、なにより重い。
「なあ」
部屋探し、付き合ってくれよ。
ついそんなことを言った。うっかりと言ってしまった。バーンズが驚いたように目を見開き、サムは精一杯眉をしかめて不本意だという表情をつくった。
「……俺でよければ」
「……よくなきゃ、言わない」
だよな、とバーンズが笑う。そのかすれた笑い声にはきちんと体温があり、サムは自分の選択が正しかったことを知った。それがたとえ、ついうっかりとった選択だったとしても。
それでいいんだ、と思うことにして、サムも同じようにかすれた声で笑った。
たしかに、山羊を手放したこと自体はまっとうな判断だと思う。ヒーロー家業というのは、えてして不規則で不安定な生活を強いられるものだ。とても自分以外のいきものの面倒を見ていられるような暮らしではない。
それからすこし迷って「家はどうした」と聞くと、バーンズは山羊のときと同じ声で「返した」と言った。
「……あれ、借家だったのか」
「ああ」
いささか焦点のずれたサムの問いに、バーンズは相変わらずさっぱりとした声で答えた。曲がりなりにも人並みの暮らしを営んでいたはずの場所を、まるで惜しむところのない様子で「返した」とだけ言う。すくなくない労力と心を傾けて育てただろういきものを「譲った」とだけ言う。その心中を推し量ることはできない。
スティーブを長く短い時間旅行へ送り出したときも、帰ってきた彼が一回り以上ちいさくなっていたときもそうだった。たとえその痩せた背中に遠からぬ別れの気配があっても、バーンズの声にはいつだってさっぱりと乾いた響きがあった。
バートン一家を運ぶ機影が遠ざかるにつけ、サムの不安は膨らむばかりだった。トニー・スタークの短い弔いが終わり、ひとり、またひとりと家路につく。帰る家があるものはいい。家がなくとも、尽くすべき組織や使命があるものや、ただ元の暮らしへ戻ってゆけばよいものはいい。
この男は、きっとそのどれも持たずにここへ立っている。
「ワカンダには、もう戻らないのか」
「ああ」
「ティチャラは?」
「助けが必要になったら呼ぶと」
バーンズは纏わりつく髪を払うように頭を振り、そのまま首をかしげてサムを観た。
「そういうお前は?」
サムは一瞬言い淀んで、あきらめたように長い溜息をついた。
「……五年、消えてたんだぞ」
明日から部屋探しかもな。
そう冗談めかして続け、肩を竦める。かつて自分が住んでいた部屋のありさまを確かめてすらいない。
自分や多くの仲間たちを含め、あの日唐突に消えた世界の半分の人々はみなそのままの姿で戻ってきた。しかし、世界はその半分を置き去りにしたまま五年分の時を進めている。
スコット・ラングは見届けられなかった娘の五年間を惜しんだが、クリント・バートンの子供たちはみなすっかりあの日と同じ姿で戻ってきたという。街に人々の賑わいが戻っても、行方不明者を探す張り紙や犠牲者を悼む石碑は残り、主を失った空き家の枯れた芝生が元に戻ることはない。つぎはぎのように形を変えた世界は、元通りになるでも、まったく新しく生まれ変わるでもなく、奇妙な均衡を保ちながら再び前へと進みはじめた。
その前進と引き換えにして、永遠に失われたものもある。世界のなりゆきを見届けるまえに、自ら肩の荷を降ろしたものもいる。それぞれの選択は尊重されたが、残されたものはまだ到底すべてを受け止めきれずに、こうして呆然と空を見上げている。
帰るべきところがないのは、サムも同じだった。スティーブから受け継いだ盾だけがある。たったひとつの荷物。なのに、なにより重い。
「なあ」
部屋探し、付き合ってくれよ。
ついそんなことを言った。うっかりと言ってしまった。バーンズが驚いたように目を見開き、サムは精一杯眉をしかめて不本意だという表情をつくった。
「……俺でよければ」
「……よくなきゃ、言わない」
だよな、とバーンズが笑う。そのかすれた笑い声にはきちんと体温があり、サムは自分の選択が正しかったことを知った。それがたとえ、ついうっかりとった選択だったとしても。
それでいいんだ、と思うことにして、サムも同じようにかすれた声で笑った。
