サムバキ(未完)

EG公開までに間に合わなそうなのでいったん上げます!
EG後こうなったらいいな~という個人的な願望がちょっぴり乗ったところがあるので、できればEG前に書き上げたかったのですが、間に!合わない!よね!たぶん!
あと、テーマはピュアなサムバキ(バキサム)です。ピュアの引出が浅すぎてどうしようかと思った
 ところで、一部の人々は僕とバッキーに妙な幻想を抱いているらしかった。具体的には、僕たちの友情についてだ。
僕たちの人生を世間が美談として語り継いでいることは知っている。生い立ちや二人の出会い、ブルックリンで育まれたうつくしい友情、悲劇的な別れ。数奇な運命で結ばれた友情は固く、誰よりも互いをよく知る二人に余計な言葉はいらない。彼らは瞳で語り合うのだ。とか、そんな具合に。実を言うと、まったくそんなことはない。
まったく、と言うとすこし語弊があったかも。確かに僕らは付き合いが長いから、あいつが言いそうなこと、やりそうなことをなんとなく予想するぐらいのことはできる。けれど、言葉もなしに互いの真意を完璧に読み取ったり、日常の些細な行動のすべてを予測するのはさすがに無理だ。僕もバッキーもエスパーじゃない。
それに、ちょっと考えてもらえばわかると思うんだけど、いくら仲がよくたって知らないこと、秘密にしてることの一つや二つは誰にだってあるはずだ。親友に限らず、家族や恋人に置き換えてもらってもいい。自分の身に起きたことのすべてを、ささいなことまで逐一相手に報告するだろうか。まあ、世間にはそういう人達もいるのかもしれないが、すくなくとも僕とバッキーは違う。
だから、バッキーのシャツのサイズとか、好きなパンツの色だとかシャンプーの銘柄だとか、そんなことを僕に聞かれても困るのだ。知るわけがない。
「なあサム。それは本人に聞けないのか?」
「聞けるかよ! ほら、あいつ意外とめんどくさいだろ?」
「知らないよ……」
サムにはずいぶん世話になっているし、出来ることならば力になってやりたいという気持ちはある。だけど、それにも限度というものがあるだろう。操縦桿のむこうで穏やかな上昇を続ける速度計を目で追いながら、僕は振り出しに戻りつつあるサムの話をぼんやりと聞き流していた。
「気ぃ遣ってると思われても嫌だし、かといって気が利かねえと思われんのも癪だし」
「思わないって。大丈夫さ」
「……嘘つけ。絶対あいつ、そういうの気にするタイプだ」
適当な相槌をうつ僕を、副操縦席のサムが恨めしげに睨む。僕は見なかったふりをして操縦桿をそっと倒した。ワカンダはもうすぐそこだ。
「ほら、そろそろ着くよ」
僕の言葉に、サムが慌ててシートベルトを締めなおす。心配性の彼は何度やってもこの進入方法に慣れないらしく、僕はそれが妙に可笑しかった。僕からすれば、ファルコンのアクロバット飛行のほうがよほど恐ろしいと思うのだけど。
ばれないように笑いをかみ殺しながら進入地点の座標を打ち込むと、最後の一桁を打ち込んだ瞬間計ったようにバリアが開いた。緑の山々を切り裂くひび割れのような入り口をくぐり、何度見ても目新しく映るワカンダの街並みを見下ろしながら着陸地点を目指す。
「……さすがだな、もうすっかり元通りだ」
およそ一か月ぶりになるだろうか。前回ここを訪れたときはまだ、サノスとの戦いで受けた傷があちらこちらに生々しく残されていた。それが今ではすっかり元の通りの美しい街並みに戻っているのだから、やはりさすがと言わざるを得ない。
「だよなあ。NYはまだあちこち通行止めだってのに」
「仕方ないさ。すぐに真似できるような技術じゃないんだろう」
そんなとりとめのない会話を交わしているうちに、自動操縦機能が着陸開始のアラームを鳴らした。まるでSF映画から飛び出してきたみたいなワカンダ王宮と、その前でのんきに手を振るバッキーの姿が見える。僕の視力では、の話だ。すこし前までの思いつめた姿が嘘のようにへらへらと笑っている。元気そうでなによりだ。
「……ほんとに俺ん家でいいのか?」
不意に、サムが不安そうな顔で言った。彼の目には、目下のんきに手を振るバッキーのまぬけ面が見えていないのだ。
「どんなところでも僕の家よりはマシさ」
「あんたのあれは家じゃない。物置だ」
「十分さ。――死人にはね」
というのも、僕は公的には一応”死んだ”ことになっているのだった。サノスとの長いようで短い戦いのすえ、キャプテン・アメリカは死んだ。そういうことになっている。僕が死ぬことで協定をめぐる対立は有耶無耶になり、残されたヒーロー、さらには世界の人々の心も一つになった。司法取引を拒んで指名手配を受けていたサムとナターシャ、ワンダについては僕の”遺言”を斟酌して”恩赦”ということになり、僕の追悼式典はトニーの仕切りで盛大かつしめやかに執り行われた。
この決定には賛否があったし、僕自身もはじめは反対した。けれど、いまの僕は案外この身分に満足している。身軽になったおかげで、以前よりも僕のなすべきことが明確になったように感じるからだ。”キャプテン・アメリカ”と”スティーブ・ロジャース”は死んだけれど、”僕”は生きている。だからこそできることもたくさんある。それで十分だった。
「あいつがあんたの死人ジョーク聞くたびにどんな顔してるか、知ってる?」
「知ってる。尻尾を踏まれた猫みたいな顔だろ」
「……スティーブ」
最近――特に僕が死んでから、サムは妙にバッキーの肩ばかり持つ。なので、僕はほんのすこしだけ面白くないのだった。ほんとに、ほんのすこしだけど。
僕が死ぬにあたっての色々な工作が行われているあいだ、サムとバッキーは何度か二人でちょっとした任務をこなしていたらしい。前々から気が合いそうだな、とは思っていたけれど、予想以上だった。
「――ともかく。いいんだよな、バッキーのこと頼んで」
強引に本題へ切り込むと、ついさっきまで不満そうに僕を睨んでいたサムの顔がとたんに不安そうな表情へと変わった。僕からすれば、全然たいしたことじゃないと思うんだけど。
「それは、いいけど。……一ヶ月だよな?」
「そう。一ヶ月あいつを泊めてくれるだけでいい」
ここまで話したところで、あとは再び冒頭のやり取りだ。いったい何度目になるだろう。僕の頼みは「バッキー・バーンズを一ヶ月間家で預かってくれ」という、たったのそれだけなのだ。
次の任地はアメリカで、当然、僕はメンバーから外されている。死んでいるはずの人間が、顔の割れた母国で長いことうろつくわけにはいかないからだ。その代わりとして呼ばれたのがバッキーだった。バッキーも僕に劣らずややこしい立場にあるけれど、今のところはワカンダ国民ということになっている。表向きはティチャラ直属の諜報員という扱いらしい。
そんなわけで、バッキーの自宅はワカンダにある。僕はアメリカに帰れない。死ぬときに全て引き払ってしまったので、留守のあいだお好きにどうぞと貸せるような部屋もない。だからサムに頼んだのだ。
もちろん、自宅に他人を泊める気苦労もあるだろうし、いっそ断ってくれても僕はいっこう構わなかった。長期滞在用のホテルや安いフラットを借りてもよかったし、最悪の場合、ワカンダ大使館の世話になる手だってある。そこをあえてサムに頼んだのは、単に、彼ら二人がすっかり打ち解けた様子だったからだ。二人一緒にいてもらったほうが何かと手間も省けるし、何より、僕が安心できる。なんだかんだ言っても、結局僕はあいつが心配なのだった。
「泊めるのは構わない。でもよ……」
案の定、サムが再びごねだした。彼はバッキーのことをいったい何だと思っているのだろう。僕の認識ではサムが言うほどめんどくさい奴じゃないと思うし、繊細な奴でもないと思う。どちらかというと、大雑把でがさつなほうだ。誤解のないように言い換えれば、おおらかで懐が広いってこと。間違っても、替えのシャツのサイズやパンツの色にいちいちケチをつけたりするタイプじゃない。
「だから、何も構うことないって。そのへんの床に転がしといてくれればいいから」
「無理だって!」
悲鳴を上げるサムをよそに、機体はとっくに着陸体制に入っている。そろそろサムの目にもまぬけ面のバッキーが見えてくる頃だ。まあ、なんだかんだ言って上手くやるだろう。二人ともいい大人なんだし。このときの僕は、のんきにそんなことを考えていた。
後日僕は、この判断をナターシャにひどくからかわれることになる。
 まるで王様にでもなったような気分だ。
そう、最近の俺はそのいわゆる王様の暮らしってものを実際にこの目で見る機会に恵まれていて、だからこそましてそう思うのだった。
「バーンズ、これ」
飲むだろ? と差し出された炭酸水をありがたく頂戴し、俺は濡れた髪を拭いながらソファへと腰掛けた。奴の――サム・ウィルソンのいったいどこにそんな暇があるというのか、俺が使うタオルやガウンはいつも真っ白でふわふわで、恐ろしくいい匂いがする。洗い立ての干したての、お日様の匂いがするタオルってやつが、シャワーを使うたびにきちんと用意されているのだ。
「……なあ、サム」
「ん? 明日の着替えならそこだぜ」
俺は反射的に「おう」と返事をし、それから慌てて「ありがとう、助かるよ」と付け加えた。サムが指さしたほうを見ると、俺のコスチュームや愛銃たちの横に、黒のアンダーシャツとパンツとソックスが行儀よく畳んで置かれている。俺は知っていた。どれも恐ろしく肌触りがよくて、俺の体にぴったりくるサイズなのだということを。しかも多分、おろしたての新品だ。あんまり着心地がいいので、俺は一昨日までその違和感に気が付かなかった。
違和感。そう、違和感だ。やもめ暮らしの男の部屋に転がり込んだにしては、何もかもがあまりに完璧すぎる。そりゃあもう恐ろしいくらいに。
「サム、あのさ。……俺、お前のお古だって一向に構わないんだけど」
サムはおおむね俺とツーマンセルで動いている。俺はまるで馬車馬のように毎日こきつかわれている。俺たちの尻を叩くのはナターシャ・ロマノフだ。口が裂けてもノーとは言えない――いや、それはともかく、サムにはプライベートの雑事を任せられるパートナーがいる様子でもないし、多分だが、家事代行を頼むような給金も貰ってやしない。謎だった。
問いかけを受けたサムは一瞬「しまった」というような顔で俺を見た。そのあとですぐいつもの飄々とした表情を作って言う。
「居候が贅沢言うな」
「お前のお古がなんで贅沢なんだよ」
「馬鹿、さてはファルコンのファンがどれだけいるか知らねえな?」
「知ってるぜ、二人だろ。お前のママとパパ」
そこまで言ってしまって、今度は俺が「しまった」という顔になった。売り言葉に買い言葉というのか、サムといるとついこうして憎まれ口ばかり叩いてしまう。
「……話が逸れたが」
ひとつ咳ばらいをして、逃げるようにキッチンへ向かう背中を睨んだ。
「俺と同じパンツ履くの、嫌?」
「いや、あのな」
「俺と同じシャツ着んのが、そんなに嫌?」
わざとらしいほど哀れっぽい声で、畳みかけるように言う。サムの背中がぎくりと固まった。追い打ちをかけるように、立ち上がってその背中を追う。そのまま後ろから両肩を掴み、至近距離から顔を覗き込んだ。
「なあ、サム。どうなんだよ」
「……バーンズ」
降参、と顔じゅうに書いてある。その顔を見た俺は「こいつって、じつは結構ハンサムだったんだな」と、急にそんなことを思った。そして、そんなことを思った自分にびっくりした。
だからどうってことはない。俺だって昔はハンサムで有名だった。うん、どうってことはない。その通りだ。
「……バーンズ?」
サムが怪訝そうに俺の名前を呼ぶ。他人行儀なファミリーネームで。それをちょっとばかり不満に思っていることに、サムは気づいているんだろうか。
「サム。俺は今、お前の相棒だよな?」
俺の問いに、サムが奇妙なものを見るような顔で首を傾げた。その表情にほんの少しだけ傷つく。俺は意地になってますます顔を近づけ、念を押すように続けた。
「俺は、お前の、相棒。そうだな?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、ファーストネームで呼べ」
いいな? そう言う俺に気後れたような顔をしながら、サムがおずおずと頷く。俺も後には引けなくなっていた。よし、と頷き「ジェームズだ。ジェームズ・ブキャナン・バーンズ」と今更過ぎる自己紹介をする。
「知ってる……」
サムが蚊の鳴くような声で言った。そっか、知ってたのか。
 何が「知ってたのか」だ。
こっちの気も知らないで、とはまさにこのことである。奴は――ジェームズはまるで自分の価値とか立場とかいったものに無頓着な男で、奴やスティーブがまだ本やスクリーンの中の伝説だったころ、彼らがこの国でどんなふうに語られ、どんなふうに子供達の胸を躍らせていたのか知らないどころか、一片の興味すらもないらしいのだった。
俺は空想好きなタイプの子供ではなかったけれど、それでも、テレビや映画やコミックの類と全くの無縁だったわけではない。キャプテン・アメリカのロゴが入ったシャツを着たガキが馬鹿みたいなピースサインをしている家族写真が実家のリビングに飾ってあるし、引っ越しの荷物の底には毎回落書きだらけのペーパーバックが忍ばせてある。
ところで、ペーパーバックの登場人物が自分の家のリビングでくつろいでいる姿を想像したことはあるだろうか。ソファに座ってコーヒーを飲みながら、自分に向かって「お前のパンツ干しといたぜ」という姿は? よほどの空想家でもない限り、そんなのありねえよな。
それはともかく、俺のパンツを干してくれたペーパーバックの登場人物とのファーストコンタクトは、そりゃあもう最悪の一言だった。なんせ、冗談抜きに殺されかけたんだ。そんな男が俺のパンツを干し、コーヒーを飲みながらのんきにバラエティ番組を観ている。俺の家のリビングで。スティーブとだって、これほどプライベートな時間を過ごしたことはない。
「なあ、サム」
間延びした声が俺の名前を呼んだ。初めて会ったときの機械じみた平坦な声でも、任務の時の短く明朗な声でもない。油断しきった、間抜けな声だ。
「なんだよ。メシならまだ時間かかるぜ」
「それなんだけど。……俺も手伝う」
「……はあ?」
「だから」
俺も一緒に夕飯作る。
ジェームズははっきりとそう言った。いきなりだ。なんで、と咄嗟に聞き返すと、ジェームズはむっとした様子で「俺は王様じゃないぞ」と訳の分からないことを言った。
「もっと扱き使えよ。居候なんだから」
「いや、だってお前……」
「家事くらいできる」
「でも」
「でもじゃない」
ジェームズはそう言うと、立ち上がって俺のいるキッチンへと来た。真っ黒な戦闘服姿で俺を殺そうとした男が、粋に着崩した軍服姿でキャプテン・アメリカの背中を守っていた男が、俺のお下がりのTシャツに馬鹿げたアロハ柄のハーフパンツ姿で、俺の家のキッチンにいる。
スーツを着ている時の俺なら、こんなことで動揺したりはしない。なにより任務の遂行が最優先だし、いま俺の隣に立っている男も、同じチームで働いているだけの、ただの同僚になるからだ。けれど、いまの俺はただのサム・ウィルソンだ。ファルコンじゃない。隣で俺の顔を覗き込んでいる男を、どう分類したらいいのかさえ分からない。
「……お前が俺をどう思ってんのか分かんねえけどさ」
俺の心を読んだみたいに、ジェームズが言った。
「俺はお前と、友達になりたいと思ってる」
その声は、ほんの少しだけ震えていた。
この歳になってまさかこんな会話を同性と交わすだなんて、思ってもみなかった。友達なんて、どうやって作るんだったか。恋人だってしばらくいない。
俺は、こう見えて結構寂しい男なのだった。
 バッキーから突然の着信が入ったのは、彼らがアメリカでの任務について二週間が経とうかという頃のことだった。
「どうした? 何かトラブルでも?」
いつになく神妙な顔をしたホログラム姿の親友にそう尋ねると、彼は言いにくそうに口を何度もまごつかせてから、まるでこれから生死をかけた戦いにでも挑むみたいな顔をして言った。
「サムってさ」
「うん」
「あいつって、いい奴だよな」
「……うん?」
それは誰しもが認めるところだろうと思う。けれど、そんな顔をして切り出さねばならないような話題だろうか。
僕は首を傾げながらバッキーの言葉を待った。
「……あのさ」
「うん」
「俺、あいつのこと」
「うん」
「……す、好きかもしれない」
バッキーは搾りだすように言うと、学校の廊下で教師に怒鳴られている子供のようにぎゅうっと目をつむったまま下を向き、そのまま固まってしまった。
「……うん?」
僕は、一体どんな返事をすればいいのだろうか。サムのことは僕だって好きだ。最高の友人だし、最も頼りになる同僚の一人で、僕の危機を救ってくれた恩人でもある。でも、そんな答えが正しいとも思えなった。だって、この顔だ。おいおい、耳まで真っ赤だぞ。
「なあ、バッキー」
「はい……」
「なにがあった?」
つづく