スティーブとラムロウとタバコ
雰囲気短編です
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ジンクスというほどのものでも、願掛けというほどのものでも、ルーティンというほどのものでもない。けれど、任務から帰ってくると必ずここへ寄った。潰れたソフトパックを胸ポケットから取り出し、ジッポの蓋を手慰みに開閉する。最近ではめっきり誰もここへ近寄らなくなった。それがかえって心地いい。
ただ、今日に限っては先客がいた。
「……おっと」
スモークが張られた扉を押すと、こういった場には似つかわしくない、どこまでもまっすぐ伸びた背中がある。
「――ああ、ラムロウ」
キャプテン、と半ば条件反射的に返した。彼はまだ星条旗柄のコスチュームを纏ったままで、荷物とヘルメットだけは誰かに預けて来たらしいが、その他はほとんど基地のヘリポートで別れたときのままの姿だった。ただ彼のいる場所と、とっている行動にだけ見慣れぬ違和感がある。
「意外か?」
キャプテン――スティーブ・ロジャースは僅かばかり気まずい雰囲気を和らげるように口元を緩めて言った。
「……まあ」
曖昧に肯定すると、ロジャースは眉を下げて照れ臭そうに笑う。それから、お世辞にも馴染んでいるとは言えない手つきで吸い口をはじき、まだ短い灰を丁寧に落とした。
「この間仮眠室で吸おうとしたら、ナターシャに見つかって怒られたよ」
「はは、だろうな」
「大変だな、現代って」
「その件に関しては、同感だ」
それきり会話は途絶えてしまった。自分もライターを擦って一呼吸しながら、仮眠室でタバコを吸うロジャースを想像する。いつものように背筋を伸ばし、ぎこちない手つきでライターを――彼の場合、もしかすればマッチだろうか――擦る白い横顔。
人によっては、その光景に何かを見出すのかもしれなかった。
ロジャースの白い人差し指と中指とがあの赤い唇にほんの僅か触れ、そのあいだから肺を蝕む白い煙が立ち上る。そのなんら特筆すべきことのない動作にさえ意味や価値を持たせたがる人間が、この世にはいくらでも存在する。
「いつからだ?」
今度はラムロウのほうから話題を振った。言葉足らずだった自覚はある。彼と同じものを挟んだ指で、もうほとんどフィルターしか残されていないそれを指す。
「それ。軍で覚えたクチか?」
ラムロウの顔と自分の手元を交互に見たロジャースは、すぐ何を聞かれているのか察したようだった。
「――ああ。まあ、そうなるね」
この体になってからだから、と続け、吸いさしのそれを灰皿へねじこむ。それからさほど間を置かず手が伸ばされたのは、いまではほとんど誰も吸わないような、あまり健康的でない銘柄のパッケージだった。
「あの頃はみんな吸ってたから」
「いまじゃすっかり肩身が狭いがな」
「はは、そうだね。……これも、苦労したよ」
ロジャースはそう言うと、苦い笑いを浮かべながら安価な使い捨てのライターを何度か擦った。
「マッチも売ってたろ」
「いや、そっちじゃなくて。味がさ」
ああ、と相槌を打ってから、この男にもタバコの味がわかるのだな、とぼんやり思う。そういった人間らしい嗜好品を楽しむ感覚が、この男にもあるのだ。そりゃああるだろうな、と内心で独り言ちる。俺たちは神や天使、悪魔や怪物を誑かそうとしているのではない。
「そんなに違うのか」
「ああ。なんていうか、匂いが全然違って」
「匂い?」
煙の匂いが、とロジャースが続けた。
「……記憶にあるのと、全然違うんだ」
そうか、とラムロウはただ頷いた。彼が言うのだから、きっとそうなのだろう。同じような言葉を、別の男から聞いたこともあった。
もう一度、仮眠室でタバコを吸うロジャースを想像した。一人きりで背中を丸め、使い捨てのライターを擦り、知らない匂いのするタバコを吸うロジャースを想像した。
そこにはただかわいそうな男が一人いるだけだった。
