All You Need is Love(セバクリ)

です。まさかの続きです。前半はクリセバ、後半は完全にセバクリです。
が、クリセバが大前提なのでご注意ください。
 一度ぐっすりと寝たおかげか、一発抜いて火がついたのか。真相はさておき、今夜のクリス・エヴァンスのクリス・エヴァンスはいつにもまして元気がよかった。
「クリス、マイスウィート、すこし待って……」
 クリスは一心不乱に腰を振っている。セバスチャンを文字通り組み敷き、汗を滴らせながら。セバスチャンはそれを下から見上げている。目を喜ばせる光景ではあった。なにせ世界中のハンサムが集まる場所で働く、そのなかでもとびきりにハンサムな男だ。この画角からクリスを見上げた女が何人いたかは知らないが、きっと彼女らも同じような感慨を抱いたに違いなかった。セバスチャンを見下ろすクリスは、もっと特別な感慨を抱いていることだろうと思う。世界中のハンサムが集まる場所で働く、そのなかでもとびきりにハンサムなセバスチャンをこの角度から見下ろした女はいても、見下ろしながらペニスを突っ込んだ男は彼一人きりなのだから。
 クリスは短いダークブラウンの髪を鞭のようにしならせて顔を上げ、不安そうな顔でセバスチャンを見た。
「痛かった?」
「いいや。でも、たまにはいいだろ」
 そう言って、裸の肩を抱き寄せる。
「こうやって抱きあったり喋ったりしながら、ゆっくり馴染ませるんだ。そのほうが気持ちいい」
 お互いに、と続けたセバスチャンを、クリスが困惑顔で見つめた。
「……よくなかった?」
 クリスのセックスはいつも情熱的で誠実で、自分がこの世で一番価値のある人間であるというような錯覚を与えてくれる。けれど、お世辞にも刺激的とは言い難かった。スポーティーとでも言えばいいのだろうか。あえて誤解を恐れずに言うなら、単調と言い換えてもいい。後ろに彼のペニスを収めたまま、セバスチャンはばれないようにそっと苦笑をこぼした。
「そうじゃない。けど、もっと気持ちよくなりたい」
 セバスチャンは気持ちのいいことが好きだ。キスもセックスも、フェラチオも、なんでも。フェラチオのあとのキスだって全然気にならないし、クリスのモノを舐めたり、彼が出したものを飲んだりするぐらいどうってことはない。だって、ケツにペニスをぶち込まれてるんだぜ? そんなふうに心中で独り言ちながら、分厚い背中を宥めるように撫でた。
「突っ込むだけがセックスじゃない。そうだろ?」
 まるでインストラクターにでもなったような気分で、まだ不満そうに腰を揺らしているクリスに言い含める。セックス・インストラクター、そんな職業があるのかどうかは知る由もないが、いるならばこの可愛い恋人をなんとかしてやって欲しかった。
 ベッドに押し倒して、穴に突っ込む。面倒な過程を割愛すれば、セックスはその二つの工程に尽きるのかもしれない。だが、それでは交尾と一緒だ。セバスチャンは交尾をしたいのではない。セックスがしたいのだ。クリスのそれが交尾だとまでは言わないが、ときどき限りなくそれに近いのではないかと思うことはあった。本能がむきだしになるほど彼を興奮させているのだという自負と、なんともやりきれない思いがぐるぐると交錯する。
 ただ、こういうのが好きな女の子も多いだろうな、とセバスチャンは思った。クリスはどうやら正常位でのセックスを好むようで、というより、セバスチャンから何がしかの申し出をしない限りはほとんど毎回正常位で事が始まり、事が終わる。目と目を合わせながら一方的かつ情熱的に求められ、こちらは一切の奉仕を強いられることも、必要以上のサービスを要求されることもない。お互い出すものを出したらそれでおしまい。まるでおとぎ話のプリンスとプリンセスがするようなセックスだ。ある意味紳士的で、模範的な。
「もしかして、上に乗りたい?」
 ずっと眉を寄せて黙り込んでいたクリスが、どうだこれが正解だろうとばかりに意気揚々と言った。
「……それも好きだけど」
 今度はセバスチャンが眉を寄せる番だった。
 これは以前直接クリスに言ったこともあるのだが、セバスチャンだって男だから、抱かれるばかりというのは性に合わない。それゆえの、せめてもの抵抗としての騎乗位だ。クリスもまんざらではない様子だったし、自分の好きなように動くのは単純に気持ちがいい。だが、何度も言うようだが、セックスは共同作業だ。どちらかが一方的に奉仕し、欲求を満たすだけの行為ではない。
「俺たちのセックスに、もっとコミュニケーションが必要だと思ったことは?」    
 セバスチャンの問いに、クリスが首を傾げる。
「つまり、退屈ってこと?」
「そうじゃない。そうじゃないけど……」
 じゃあなんだよ、と言い募るクリスの背中を擦りながら、セバスチャンは考えた。退屈なのではない。気持ちがよくないというわけでももちろんない。ただ、二人のセックスライフをよりよいものにしていきたいだけだ。向上の余地はまだまだある。
「まさかとは思うけど、君、正常位と騎乗位しか知らないってことはないよな?」
 長らくの疑問を恐る恐るぶつけてみると、クリスは驚いたように目を見開いてセバスチャンを見た。
「まさか、俺をチェリー・ボーイか何かだと思ってるのか?」
「思ってない。だとしたらいま俺のケツに入ってるのはなんだって話になるし……」
「だよな」
 セバスチャンとしては、だよな、で済まされては困るのだった。意を決して体を起こし、クリスの肩を強めに押す。そのまま腰を持ち上げて彼の上に乗り上げ、いわゆる対面座位の姿勢をとった。
「こういうのはしたことある?」
 クリスが首を曖昧に傾げた。そして「あるにはあるけど、あんまり」と困惑したように呟く。その首に腕を回し、より深く繋がるように腰を動かす。ちょうど感じるところへ当たり、セバスチャンは低く唸るような嬌声をあげた。
「……辛くない?」
 クリスが心配そうに見上げてくる。その気遣いが純粋に嬉しくて、セバスチャンは目の前のハンサムな顔にたくさんのキスを贈った。
「辛くないし、気持ちいいよ。……立ってる女の子を、後ろからファックしたことは?」
「ない」
「キッチンとか、ダイニングテーブルとかでは」
「ない」
「クラブのトイレ」
「ないったら」
「女の子が二人」
「ありえない!」
「マリファナをキメながら」
「……それは、ある」
 あるのかよ、と笑ったセバスチャンを、クリスの太い腕がぎゅうぎゅうと抱く。
「でも、君とそんなふうに下品なやりかたでヤりたくない」
 その答えに、セバスチャンは思わず天を仰いだ。「……マジか」
「クリス。君って、たまにびっくりするほど可愛いことを言うよな」
 クリスとこういう関係になるまで、セバスチャンは確かにバージンだった。けれどそれは後ろの穴の話で、それ以外は一般的な成人男性として恥ずかしくない程度の経験を積んできている。そんなセバスチャンをまるで何も知らないティーンの女の子のように扱うクリスのことが、いまは無性に可愛く、愛おしく感じられた。
「……なあ、クリス。ほんとうはもう少し先のお楽しみにとっておくつもりだったんだけど、俺、いますごく君のことを抱きたい気分だ」
 セバスチャンの宣言を聞いたクリスは、「ついにこの時が」というような顔でまじまじとセバスチャンを見た。その真剣さが可笑しいし、愛おしい。
「安心しろって。悪いようにはしないから」
「おかしいな。その台詞、前にも聞いた気が……」
「実際、悪くなかっただろ」
 おっしゃる通り、と消え入るような声で頷いたクリスの頭に顔を寄せ、目の前のつむじに鼻先を埋めた。興奮した男の汗の匂いがする。触れ合っているところはどこもかしこもごつごつと硬く張りつめ、女性的なところはちっともない。背丈も体重もほとんど同じ、年齢も変わらない。二人とも、いい歳をしたおじさんだ。それでも、セバスチャンはクリスを愛おしいと思う。可愛いと思うし、それと同じぐらい男らしくてハンサムだとも思う。馬鹿だなあとも思うし、でも、誰より彼を尊敬している。世界で一番、最高の恋人だと思っている。
 つまり何が言いたいかというと、愛しているから一発ヤらせてくれってことだ。
 クリスの裸体を見下ろしていると、つくづく奇跡のようなスタイルだな、と思う。冗談みたいに分厚い胸元と、絞ったようにくびれた腰。作り物みたいに完璧な形の尻と、そこから伸びる長い脚。セバスチャンがどれだけ鍛えたところで、きっとこんなふうにはいかないだろう。白いシーツのうえに仰向けで横たわる姿はまるで彫刻のようだ。
 見下ろされたクリスは、彫刻どころかまるでお仕置きを待つ犬のような顔でセバスチャンを見上げた。
「俺、どうすれば……」
「どうって、いつも見てるだろ」
 セバスチャンが苦笑交じりに返す。クリスはますます困ったような顔で言った。
「……君みたいにうまくやれる自信がない」
 ほめ殺しかよ、なんて思いながら、青ざめた唇にキスを落とす。
「そんなふうに思わなくたっていい。こういうのは慣れだ」
「慣れ、って……」
 その返答を聞くに、頭のどこかではまだこれ一回きりの逆転劇だと思っていたらしい。そういうことにしてやってもいいが、ともかく、いまはセバスチャンが突っ込む番だ。誰にだってはじめてはある。優れた教師さえいれば、何を学ぶにも遅すぎるということはない。
「――まあ、俺ならとりあえず目の前の男にしがみつくかな」
 セバスチャンはそう言い、おもむろにクリスの腕をとった。緊張で冷えきった手を自分の肩へ導いてやり、「よくできました」と笑う。頭を撫でるかわりに額へ口付けながら、すっかり萎縮したクリスの分身へ右手でそっと触れた。その表面には、先ほどセバスチャンへ挿入するときに使ったローションの滑りがまだうっすらと残っている。それが妙におかしかった。
 クリスは一瞬だけぎくりと身を強ばらせたけれど、あとは一切の抵抗もせずセバスチャンにしがみついている。セバスチャンはそのあまりのぎこちなさに心中でこっそり苦笑し、互いの頬を合わせるような格好で腕の中のクリスへ覆いかぶさった。
「緊張しすぎだって」
「……それを言うなよ」
 ちょっとばかりの揶揄が交じったセバスチャンの言葉に、クリスのプライドは若干傷ついたらしい。ごめんごめんと素直に謝り、宥めるように頭を撫でる。こうしていると、まるで気難しい犬をあやしているみたいだった。あいにく犬のケツにモノを突っ込む趣味はないが、犬みたいにしょげたクリス・エヴァンスのケツに突っ込む趣味はある。すぐにでも実行にうつしたい気持ちを抑え込みながら、首筋に何度も繰り返し唇を寄せた。同時に右手でペニスを刺激してやると、擦り上げるたびクリスの硬く張った内腿がひくひくと痙攣するのがわかる。セバスチャンへの挿入が中途半端に終わったせいか、いつも以上に敏感になっているようだった。
「ねえ、俺のも触ってくれない?」
 わざと耳元でそう囁くと、クリスの体は面白いように跳ねた。同時に、うおっ、と色気のない悲鳴があがる。それを咎めるように耳を噛むと、またぎょっとしたように肩が跳ねた。そういうおもちゃみたいだ。ちょっとつっつくと、飛んだり跳ねたり音を出したりするおもちゃ。しかも見た目はしょんぼりしたばかでかい犬だ。
 セバスチャンはこみ上げる笑いを噛み殺しながら、けれどしっかりと役に入り込んで「お願いだ」と哀れっぽく懇願した。
「だって俺、今日まだ一回もイってない」
 そうだろ? と同意を求め、甘えるように頬へ懐く。自分の声と仕草が相手にもたらす効果を完璧に理解しているセバスチャンに、クリスはあっけなく絡めとられた。肩に置かれていた手がおずおずと下半身へ伸び、おっかなびっくりセバスチャンのペニスへ触れる。その手の甲を指で優しくひっかき、上から指を絡めるように重ね合わせた。
「これ、やってみたかったんだ」
 セバスチャンはそう言うと、二人分のペニスをクリスの手のひらに握らせた。その上から自分の手を重ね、自慰をするように上下させる。
「――えっ、なに、これ」
 クリスが驚いたような声を上げた。それと同時に、手のなかのものの質量がぐんと増す。セバスチャンは吐息だけで笑い、無言で手を動かし続けた。
「セブ、セブ、待って、ヤバいって!」
 慌てたようすのクリスが、もう片方の手でセバスチャンの肩をぐいぐいと押した。ヤバい、という言葉のとおり、クリスのそれはいまにも弾けそうにひくついている。
「まだイッちゃだめだよ、クリス」
「だったら止めろよ……!」
 切羽詰まった声で怒鳴られたセバスチャンは、はいはいと苦笑しながらクリスの手を解放した。
「我慢できそう?」
 セバスチャンの問いに、クリスの目がうろうろと宙をさまよう。それだけで言いたいことを察したセバスチャンは、「オッケー」とだけ返して体を起こし、サイドボードにあるローションを手に取った。
「触るよ」
 そう言って、答えは聞かずに手を動かす。ぬめりけを帯びた指で会陰を伝うようになぞると、クリスの腹筋が込みあげるものをこらえるように強ばった。それ以上の反応はない。それを無言の了解ととったセバスチャンは、誰も踏み行ったことのない穴へ中指だけをそっと伸ばした。皺をのばすように周囲をなぞり、ノックするように入り口をつつく。
「――入れていい?」
 聞くな、とクリスが唸る。緊張、困惑、羞恥。いろいろな感情が胸の中に渦巻いているのだろう。そんなクリスを安心させるため、努めて穏やかに見えるよう笑った。
「もうちょっとだけ、我慢ね」
 耳元に顔を寄せて囁き、そのまま顔じゅうにキスを降らせる。応えるようにクリスの顎先が上がったので、噛みつくようなキスを唇に見舞った。舌で上顎をなぞると、クリスの頭が逃げるように仰け反る。それから感じ入ったように短い息を吐いたのを見計らい、中指をそっと中へ侵入させた。
「あっ」
 クリスの両目がこぼれそうなほど見開かれ、瞳いっぱいにセバスチャンを映す。弱りきった獲物の前で舌なめずりをする獣の顔だ。心の中だけで「ごめんな」と呟く。言わなかったのは、やめてやれないからだ。ここまで来たらもう止まれないし、止まる気もない。
 クリスの萎えかけたペニスを再び握り、両手を使って追い立てていく。迷子になっていたクリスの両手が、不意にセバスチャンの背中を強く掻いた。反射的に眉をしかめると、クリスが「しまった」というような顔をしてセバスチャンを見る。
「いいよ、もっと痛くしても」
 そう言って微笑み、「俺も痛くするし」と続けた。そして、宣言した通りに二本目の指をねじこんだ。クリスの体が衝撃に戦慄く。痛いはずだ。セバスチャンはその痛みをよく知っている。
 神に誓って、自分の快楽のためだけに彼を痛めつけるわけではない。けれど、男同士で体を繋げるためには避けようのないことだ。セバスチャンだってはじめは痛かったし、どうしようもなく辛かった。けれど、どんなに痛かろうと辛かろうと、彼を受け入れるための女性器が欲しいなどと思ったことはない。セバスチャンが感じる痛みは、セバスチャンがクリスと繋がるために必要な痛みだ。この世でただ一人、クリス・エヴァンスただ一人だけがセバスチャンに与えることのできる痛みで、きっとこの世でセバスチャン・スタンただ一人だけだけが知っている痛み。そのたった一人の座を手放すつもりは毛頭ない。
 セバスチャンは祈るような気持ちでクリスへ口付け、それから「君を愛してる」と唐突に告げた。どうしても言いたかった。言わずにはいられなかった。
「……俺もだ」
 そう言って無理矢理笑ったクリスが、「急に神妙になるなよ」とセバスチャンの背中を蹴る。セバスチャンも笑いながら肩をすくめ「調子狂ったろ?」と返した。
「狂った狂った。……君に抱かれたいって思った。心からね」
「そりゃ光栄だな」
 ではお望みどおりに、と囁き、指の動きを速める。二本の指で中を拡げるようにかき混ぜ、腹のほうへ押し上げるように腸壁をもみこむ。そうしているうちに、ここだろうなというところは見つけられたが、きっとクリスが今夜のうちに快感を得るのは難しいだろう。女の子だって初回で快感を得るのは難しいと聞くし、男同士ならなおさらだ。こればっかりはとにかく慣れるしかない。
 そんなセバスチャンの予想に反し、クリスはむずかるように体を捩らせはじめた。おや、と思いながら刺激を強め、伺うように顔をのぞきこむ。そして思わず「ワオ」とこぼした。
「君って……天才?」
「なんのっ、だよ……っ」
 胸を喘がせながらセバスチャンを睨んだクリスだったが、それはまったくの逆効果だった。
 込み上げる衝動に逆らわず顔じゅうにキスを降らせながら、予期せぬ才能を発揮してみせた恋人に目一杯の称賛を送る。「愛してる」ともう一度、それから「君って最高」「ほんとにセクシー」「奇跡」「スペシャル」と思い付く限りの美辞麗句を捧げ、ついでに「もう突っ込んでいい?」と尋ねた。
「はあ!?」
「いやだって、君、すごく気持ちよさそう……」
 そこまで言いかけたところで、再び強かに背中を蹴られた。「いたっ」と間抜けな声を上げたセバスチャンを、真っ赤な顔をしたクリスがもう一度睨む。顔どころか耳や首、胸元まで真っ赤だ。
「可愛いな、これじゃあまるでキャプテン・トマトだ」
「……うるさい」
 セバスチャンの視線から逃れるように横を向いたクリスは、横顔を枕に埋めてぐるぐると唸った。晒された真っ赤な耳にかじりつきたい欲求をなんとか堪えたセバスチャンは、同じくらい真っ赤に染まった首筋に鼻を埋め、すう、と大きく息を吸った。そして囁く。
「……なあ、もういいだろ?」
 クリスの肩が大きく震えた。それから、消え入りそうな小さい声で「いいよ」と呟く。セバスチャンはその小さな声ごと食らいつくすような気持ちで、目の前の恋人の震える唇にかぶりついた。そのまま後ろに埋めていた指を引き抜き、自身の先端を入り口に宛がう。自由になった右手でクリスの左足を抱えあげ、ぐいと一息に腰を進めた。クリスの喉ががくんと仰け反る。
「はいっ……た!?」
「まだ半分だよ、もう一息」
 わかんない、とクリスがうわごとのように呟く。セバスチャンは子供をあやすように額へ口付けながら「大丈夫、大丈夫だから」と繰り返した。
「セブ、セブ、セバスチャン……」
 ほかに頼れるものがない幼児が母親を呼ぶように、クリスはひたすらセバスチャンの名前を呼んだ。セバスチャンも同じだけ彼の名前を呼んだ。クリスが一度大きく胸を膨らませて息を継いだ瞬間を見計らって腰をつかい、もう半分も彼の中へ押し入らせる。「あっ」と短い悲鳴があがった。
「入ったよ……全部、君の中に」
 セバスチャンが噛みしめるように状況を告げると、苦しげに伏せられていたクリスの瞼が見開かれる。青とも緑ともつかない美しい双眸がセバスチャンをとらえた。そして、真っ赤な頬が歓喜に歪む。
「――入った!? アレが!?」
「入った入った。完璧に」
 セバスチャンがねぎらうように肩を叩くと、クリスも応えるように右手をかざした。まるでダンクを決めたバスケット選手を出迎えるようなその仕草に、セバスチャンの肩からぐったりと力が抜ける。
「……君って奴は、どうしてそう色気がないんだ」
 そう言いながらセバスチャンも右手を差し出し、互いの胸のあいだで強く握りあった。ごつんと額をあわせ、汗の浮いた鼻先をぶつけながら笑う。そのまま唇を触れ合わせ、ゆったりとしたキスを楽しんだ。
「痛くない?」
 セバスチャンがキスの合間に尋ねる。クリスは少しだけ恥ずかしそうに笑い「俺、天才らしいからな」と答えた。セバスチャンが片頬を歪めて「俺が上手いんだ」と返すと、クリスは素直に頷いて「だと思う」と情けない顔をする。その顔があんまり哀れでおかしかったので、セバスチャンは慰めるようにクリスの高い鼻へキスを落とした。同時にゆるやかなペースで腰をつかい、クリスの中をじわじわと広げていく。そのまま左手でクリスのものを握り、腰づかいにあわせて優しく擦りあげた。
「あっ……それ」
 焦ったような顔をするクリスにいたずらっぽく笑いかけ、セバスチャンはなおも緩やかな刺激を続けた。組んだままだった右手をほどき、クリスの胸や首、耳、上腕をくすぐるように撫でる。次第にクリスの吐息が熱っぽく途切れがちになり、手の中のペニスも硬度を増していった。時々あがる短い嬌声は唇で受け止め、逃げるように跳ねる腰は突き上げる動きで強引にねじ伏せる。
「セブ、待って、待てって、あっ……!」
 クリスの声に明らかな興奮が滲みはじめ、セバスチャンは人生でも片手の指に数えられるほど満たされた気分でその声に聴きいった。抱かれてもいいと思い、その思いの通りに体を明け渡してしまえるほど好きな男を、いまはセバスチャン自身が抱き、貫いている。これ以上に幸福なことがあるだろうか。
 衝動のまま乱暴に揺さぶりたい気持ちを必死にこらえ、味わうようにゆったりと抜き差しする。抜くときのほうが気持ちいいのだろう。出て行かせまいとばかりの締め付けに、セバスチャンも唸るような嬌声を上げた。クリスの顔がしてやったりというような笑みを浮かべ、セバスチャンも負けじと狙いすました動きでクリスの感じるところを突く。
「セブっ……! それ、やばい……」
「だろ?」
 なんでもないことのように肩をすくめて見せ、きつい締め付けをやり過ごした。ぐっと奥の突き当りまでペニスを収め、休憩するようにクリスの分厚い胸板へ額をつける。
「汗かいてるな」
 セバスチャンは限界をごまかすようにそう言って笑い、しっとりと濡れた胸元へ唇を寄せた。後頭部に慣れ親しんだ厚い手のひらの存在を感じる。セバスチャンは欲求に逆らわず顔を上げ、懐くようにそこへ頬を寄せた。クリスの親指が唇を割るように這う。セバスチャンは自然な仕草でその指を咥内へ招いた。
「――やっぱり、抱きたい?」
 クリスの親指をくわえたまま、不明瞭な発音で尋ねる。クリスは困ったように眉を寄せて迷うそぶりを見せ、けれどやっぱり「うん」と小さな声で答えた。だろうと思った、と心の中でそっと笑い、爪の感触を歯の間で味わう。
「あともう少しだけ頑張って、ね?」
 セバスチャンはそれだけ言うと、答えは聞かずに律動を再開した。クリスの顔が驚きに染まり、けれどすぐ快感に支配されたようにうっとりと長い息を吐く。セバスチャンの頬を撫でていた手がすがるように首へ回る。その手を上から握ってやると、クリスの腹筋が波打つように痙攣した。いよいよほんとうに限界が近い。お互いにだ。セバスチャンはペニスを擦る左手の動きを速めながら、より深く、より強く中を突き上げた。
「セブっ、セブっ……!」
 クリスは舌をもつれさせながらセバスチャンの名前を呼び、セバスチャンも応えるように何度となく頷いた。クリスのペニスがはじけるように痙攣する。まだ辛うじて射精には至っていない。セバスチャンはその脈動に合わせて中を押し上げ、ぎりぎりまで強烈な収縮を味わった。
「……クリスっ、俺も、もう、無理」
 セバスチャンの掠れた声に名前を呼ばれ、クリスの中がひときわ強く痙攣する。名残惜しさを振り払うように勢いよく引き抜き、衝撃に耐えるように体を丸めたクリスの肩をシーツへ押し付けた。右手で二人分のペニスをまとめ、強く擦り上げる。クリスの喉からひきつったような悲鳴が上がった。助けを求めるように伸ばされた手を掴み、指を絡める。
「あっ、やば、もうっ、――あっ」
 スイッチを切ったようにクリスの悲鳴が途切れ、同時に、彼自身の完璧な形をした腹筋の上へ二人分の精が吐き出される。クリスはしばらくのあいだ全身が引き攣ったような痙攣を繰り返し、セバスチャンもほとんど同じ状態で膝を震わせていた。そしてほぼ同時に大きく胸を喘がせ、重なり合うようにシーツの海に崩れ落ちる。
「……あ」
 セバスチャンがふいに「しまった」という顔でクリスを見た。
「これ。拭いてない」
 そう言って、互いの腹のあいだを指さす。先に噴き出したのはクリスのほうだった。
「――それ、いま言うことか!?」
 それをクリスに言われるなんて、と思いながら、けれどセバスチャンも耐え切れずに笑いだした。べとべとの腹筋を放ったまま、二人揃って涙が出るほど笑い続けた。
 おそろいの香りを纏う湿ったダークブラウンの髪に指を差し込み、そのまま顔を上げさせて唇を奪った。体にくすぶる熱をゆっくりと冷ますための、ごく軽いお遊びのようなキスだ。
「はやかったな」
 先にシャワーを済ませていたクリスが、重たげな瞼を懸命に持ち上げながらセバスチャンのキスに応えた。バスローブ姿のままベッドに横たわり、すぐにでも意識を手放したいというような顔をしている。
「寝ててよかったのに」
 苦笑をこぼしながらベッドの淵に腰掛け、気持ちよさそうにまどろむ恋人の横顔を見つめ続けた。いつ見ても惚れ惚れするようなハンサムだ。最近はあまり考えないようになったけれど、もし自由に顔を取り換えられるのならこんな顔になりたい、というような顔だ。自分とは正反対の。顔だけじゃない。人間性も、考え方も、生まれや育ちも、何もかもがセバスチャンとは正反対だ。憧れるところもあるし、理解できないと思うところもある。けれどそうした大小さまざまな差異や価値観の違いによる擦れ違いもすべてひっくるめて、セバスチャンはクリスのことを愛している。
 まじまじと見つめられたクリスは、困ったように眉を下げてセバスチャンを見返した。
「……なに、惚れ直した?」
 その軽口に、唇の端を釣り上げて答える。
「こっちのセリフだ」
 そう言って笑いながら、サイドボードのシガレットケースを手に取った。クリスのものだ。許可を得ずに一本貰い、咎められる前に火をつけた。セバスチャンはしばらくのあいだ無言になり、クリスもぼんやりとした顔でただその光景を見ていた。行為の最中にしゃべりすぎた反動だろうか。そう考えるとおかしくなって、セバスチャンは一本を吸い終わるまで口を開かなかった。
 その沈黙を破ったのはクリスだった。
「……君に抱かれたら、俺の中の何かが決定的に変わってしまうんじゃないかと思ってた」
 短くなった煙草を灰皿へ押し付けながら、片方の眉を上げて答える。
「詩人だな」
  セバスチャンの茶化すような声音に、まあ聞けよ、とクリスが笑う。イエスマム、とふざけて返し、その笑顔を覗き込んだ。
「で、何か変わった?」
「何も。けど――」
「けど?」
 軽い気持ちで問い返す。セックスひとつで世界が変わると信じられるほど若くはない。それはクリスも同じはずだ。男が男に抱かれるのは確かに覚悟のいる行為だけれど、所詮セックスはセックスだ。必要なのは覚悟と愛、たったのそれだけ。セバスチャンにはそれがあった。クリスにもあったと信じたい。
 そんなセバスチャンの思いを知ってか知らずか、クリスが心底から幸福そうな顔で言う。
「……抱かれてもいいって思えるくらい、君のことが好きだって分かった」
 これ以上ってなると、多分、世界を敵に回してもとか君になら殺されてもとか、そんな感じ。
 そう続けたクリスを、気付けばぎゅうぎゅうと抱きしめていた。最高だ。
「俺もおんなじ気持ちで君に抱かれてる」
 知ってた? と笑ったセバスチャンを、クリスも同じだけの力で抱き返す。
「知らなかった。――知れてよかった」
 クリスが噛みしめるように言った。セバスチャンはこれ以上ないくらい最高の気分で彼の横にもぐりこみ、そのパーフェクトな顔いっぱいにキスを贈った。クリスを愛している。クリスも同じだけセバスチャンを愛している。それ以上の幸福がこの世にあるだろうか。ない。絶対にない。つまり、今夜のセバスチャンは世界一の幸せ者ってことだ。
 それに、きっとまたチャンスはめぐってくる。セバスチャンにはその手ごたえがあった。二人のセックスライフに、この上なくセバスチャン好みの選択肢が一つ加わった。今日はその記念日だ。あとでとっておきのシャンパンを開けよう、とセバスチャンはこっそり思った。もちろんクリスのロストヴァージン祝いもかねて、だ。