ジェレミ来日ということで、クリント絡みをもう一本。
これはMAINにあげているワンダとバッキーの話とまとめて出そうと思っていて、でもなぜかこっちだけ没にしたんだったと思います。
その時は没!クソ!ゴミ!と思って没にするんだけど、後から客観的に読み返してみるとそうでも……というか可もなく不可もなくというか、うん。
書いた当時の、書きたかったのと違う~!ってな後悔やら反省やらを忘れてしまっているせいだとは思うんですが、はたして。
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端的に言えば、最高に使えるハウスキーパーだ。
クリントはだいぶ重さを増したナサニエル・ピエトロを抱えながら、片腕で次々と器用に薪が割られていくさまを眺めていた。キャプテンも大概だったが、超人ってのはみんな薪割りが好きなのかね。
「おい、薪はもういいから、ちょっとこいつ見ててくんねぇかな」
そう声をかけると、僅かに戸惑ったような顔をしたバーンズが曖昧に首を傾げた。そんなことに構うクリントではないし、誰に似たのか物怖じしないナサニエルもそうだ。地面に降ろしてやると、弾けるように走り出す。初めて会ういかにも怪しいおっさんを、息子はいたく気に入ったみたいだった。ほんと、誰に似たんだろう。親父か母親か、あるいは名付け親か。それとも、親父の命の恩人か。後半二人なら、だいぶぞっとしない。
バーンズの脚に体当たりをかましたナサニエルは、パワフルな笑い声を上げて大層お喜びだ。おいおいそいつは、と思いかけて、まあ俺も大差ないんだった、と思い直す。子供の直観というのは案外馬鹿にできないもので、奴が気に入ったんならきっと悪い男じゃないんだろうと思う。大体にして、キャプテン・アメリカのサイドキックだ。経歴はともかくとして、その人間性を疑う必要は最初っからなかった。いつもより高く担ぎ上げられてますますはしゃぐナサニエルは、誰に似たのか、高いところとめんどくさい人間が殊の外好きだ。
「俺は鹿でも捕ってくるから、ちょっと遊んどいてくれ」
バーンズがのっそりと頷いたので、クリントは獲物を担いで森へ入った。夜にはサムとスコットが来るし、上の子供たちは育ち盛りだ。なるべく立派なのを一頭。ただ娘のほうはすっかり色気づいて、バーンズを見るたび妙にそわそわとするのが気がかりだった。確かにハンサムな野郎だとは思うが、せめてキャプテンかサムか、その辺りならまだ安心できるんだが。トニーもまあ、ギリギリセーフだ。金持ちだし。
慣れた狩場をのそのそ進みながら、クリントは考える。お礼参りだと物騒に嘯いたトニーの差し金で、バーンズはクリントの家にやってきた。もちろんそれはやぶさかじゃないんだが、実際のところ裁判だの公聴会だののほとぼりを冷ますための一時避難だろう。被害者と言っても過言じゃない男が大人しくお偉方どもの嫌味な追及に付き合ったのは、手放しで賞賛に値する行為だとクリントは思う。だが、とんだ茶番だった。なぜって、だれがあの男に裁きを下せるものか。バッキー・バーンズ軍曹は確かに一度死んだのだし、ウィンター・ソルジャーはハイドラの手で作られた兵器だ。兵器に罪はない。悪いのはいつだって、それを作る人間と使う人間だ。
それでも、奴は茶番を演じきった。
それで充分じゃないか。
クリントが音もなく放った矢は、悶え苦しむ暇も与えず獲物を仕留めた。息をするよりも簡単な作業だ。それでも、命には敬意を払う。そうでなければ、ただの殺しだ。奪った命には敬意を払い、その死の感触は手が覚えている。ただの一人だって忘れたことはない。
それは多分、バーンズも同じはずだ。
温度を失った目がクリントを見た。足を縛ったロープを掴み、引き摺るようにもと来た道を辿る。中程まで来たところで息子の声が聞こえ、クリントはそっと笑った。思った以上に上手くやってるようだ。歩みを早めるにつけ、バーンズの密やかな声も混じりだす。囁くように話す男だ。
「バッキー、もう一回!」
「あーあ、分かったから引っ張るなって」
バーンズの服を掴んで主張するナサニエルを、奴がひょいと右腕で抱き上げる。息子はまるで木登りでもするみたいに奴の肩に跨って、奴も慣れたふうに息子の足を支えた。
「随分懐かれたな」
クリントが声をかけると、木もといバーンズはぱちくりと目を瞬いてこちらを見た。頭上の息子は相変わらず、意味もなく楽しそうに笑っている。
「――はやかったな」
「俺を誰だと思ってる」
息子につられて笑うクリントにつられたのか、バーンズも楽しそうに笑った。まだ控えめな感じはするが、ようやく表情筋がこなれてきたようでなによりだ。
「血抜きがまだだから、もう少しソイツを担いどいてくれ」
「ああ、構わないぜ」
なあ、ネイト。とバーンズが言うと、息子は上機嫌に、そうだねバッキー、と答えた。なるほど、思った以上に最高のハウスキーパー兼シッターだ。弟か妹でもいたのだろう。もしくは、かつてのキャプテン・アメリカがよっぽど甘えただったのか。前者だと思いたいが、果たして。
作業小屋へ鹿を引き摺り、手早く解体へ取り掛かった。野生の肉は鮮度が命だ。どうせなら一番旨い状態で食べてやるのが、クリントなりの命への敬意だった。殺してしまったからには、その命を引き受け、血の一滴まで自分の糧にする覚悟がいる。
それほどかからず解体を終えた頃には、けれどすっかり日が傾きはじめていた。一度家に戻り、スプラッターな身なりをあらかた奇麗にして再び庭に出ると、芝生の上に寝転ぶでかい人影がある。その上にちょこんと乗ってジタバタしているのは息子だ。買い出しから戻ったローラが、それを見て目を細めている。
「よう、お帰り」
「ただいま。なんだか、思った以上に上手くやってるみたいね」
旦那そっくりの感想を漏らしたローラが、車のキーに付けたカウベルを鳴らしながらほっとしたように笑った。バーンズの事情は簡単にしか伝えていないが、それでも彼女なりに奴の抱えているものの重さを察していたみたいだ。そういうところで、彼女には敵わないとつくづく思う。
「そろそろジュニアハイの連中も帰ってくる頃か」
「そうね。サムとスコットはまだ?」
「奴らもそろそろだろ」
噂をすれば、というやつで、スコットの友人のものらしい馬鹿げたクラクションの鳴るバンが遠目に見えた。
「おい、そろそろ夕飯の支度だ。手伝え!」
まるで教官じみた声で吠えると、元軍人の頭がぴょんと跳ね起きた。カンガルーのガキみたいにその腹へくっついた息子が、また意味もなく楽しそうに笑う。
「バッキー、パパのお手伝いするの?」
「ああ、ネイトもするだろ? きっと俺より上手だ」
これで当面やんちゃ盛りの末息子を追いかけ回す役目を降りられそうでなによりだと、クリントは思った。
なにせうちの息子は誰かさんに似て、高いところとめんどくさい人間に滅法弱いみたいなので。
