発掘作業

継続中です。
これはたしか、ベッターに一度上げたことがあるような……?
なぜこっちに移行しなかったのか謎ですが、置いときます。
ファイルの日付的にCW見終わって一番初めに書きあげたお話のはずなんですが、でもなんとなく眠らせていたみたいです。気まぐれ……
ほんとに最初に書いたお話なので、細かな表記揺れはご愛敬ってことで。
 
 
 強化人間は酔わないんだったな、と言われたので、俺は一言、多分、と返した。
 そうだ、と言い切れなかったのは、もちろん囚われのウィンター・ソルジャー氏に飲酒の機会などなかったらだ。だが風邪薬からヘロインまで様々な薬物を投与されたモルモットとしての経験から言えば、おそらく経口で摂取できる程度の量のアルコールでは酔わないだろうと思われた。
 俺に話しかけてきた奇特な人間は、たしかホークアイと呼ばれていたと思う。はじめは二十一世紀に弓矢で戦うなんて流石にどうかしているとしか思えなかったが、実際に見てみればその疑念は吹き飛んだ。だいたいにして、俺の親友のメインウェポンは盾だ。超人二人に空飛ぶロボット二台、鳥人間に蜘蛛男、伸びたり縮んだりする男に額から光線を出す謎の生き物、生身の癖に恐ろしく強い女にその上魔女とくれば、そんなことは些末なことだった。
 そしてタイミングが良いのか悪いのか、俺たち以外の奴らは皆席を外している。いや、だからこそこうして話しかけてきたのだろう。ここワカンダに来てからのスティーヴは、ちょっとどうかと思うほど俺に付きっきりだったから。
 
「えっと……ホークアイ?」
「クリントだ。クリント・バートン」
「オーケイ、バートン。ジェームズ・ブキャナン・バーンズだ。その節はどうも。で、何の用件だろうか」
 
 今更すぎる自己紹介のあとに、我ながら不躾な言いようだった。なにせ、スティーヴ以外の奴との世間話は七十年ぶりだったのだ。けれどバートンは、さほど気を悪くはしなかったようだ。
 
「酔わなくても味は分かるだろう?」
 
 にやり、と音がしそうな笑い方をしたバートンは、手にしていた二本の瓶を顔の高さに掲げている。ブルックリン・ラガーだった。
 
「……懐かしいな」
「昔と変わらない?」
「飲んでみないとわかんねぇ」
 
 俺も久しぶりに笑って答えた。笑えていたとは思うが、自信はない。なにせスティーヴかサム以外の奴と軽口をたたくのは、何度も言うようだが七十年ぶりだった。それでも笑ってしまうくらいには心を動かされるブラックとグリーンのラベル。なんたって名前がいい。ブルックリンは俺とキャプテン・アメリカとブルックリン・ラガーの生まれ故郷だ。
 バートンは二本の瓶を器用にひっかけあって栓を開け、片方を俺に手渡した。これも懐かしかった。昔は俺が、そうやって歴代のガールフレンドやもやしのスティーヴ君にブルックリン・ラガーを渡してやったものだ。今なら多分、もっとスマートかつパワフルに開けてやることができるだろう。
 軽く乾杯の仕草をして、冷えた瓶に口をつけた。飲まずとも立ち上る香りからして、何もかもが懐かしい。遠いアフリカの小さな国で飲むそれは思った以上に昔のままで、俺に望郷の念というやつを思い出させた。
 
「故郷には行ったか?」
 
 よほどセンチメンタルな顔をしていたのだろう。そう問われ、俺は首を横に振った。
 
「それどころじゃなかった。でもあれは見たぜ、スミソニアンの……」
「ああ、あれな。お前のパネルもあったろ?」
「あった。変な気分だったよ。知らないやつを見てるみたいだった」
 
 あのときはまだ記憶が混濁していて、どれもがイカレた作り話のように思えたものだ。バッキー・バーンズの中ではまだ戦争は終わっちゃいなかったし、くそったれのウィンター・ソルジャーは任務内容や暗殺者としての知識以外のことはてんで覚えていなかった。その二人分の、それもお互い俄かには信じがたいような記憶がランダムに蘇ってくるものだから、まるで両極端な二人の人間が脳みその中で殴り合いの喧嘩をしているみたいな感じだった。そのうえ、時系列がまるででたらめだったのだ。ときおり蘇る記憶の中の俺は、真新しい軍服を着てやせっぽっちの男と肩を組んでいたり、鉄の腕で見知らぬ男の首を絞めていたり、短い手足でブルックリンの路地を走り回っていたりした。
 俺の言葉に、バートンは複雑な顔をして黙り込んだ。ほとんど空になった瓶を弄びながら、言いたいことを言いあぐねているような、煮え切らない顔で俯いている。あまりに短い付き合いだが、あまり物事をめんどくさく考える奴じゃなさそうだったから、俺は少し嫌な予感がした。後ろ暗いことならありすぎるほどある。
 けれど奴が口にしたのは、予想もしていなかった内容だった。
 
「……二度と御免だよな、あれは」
 
 唐突なその言葉はひどく曖昧だったが、俺はおそらく正しい理解をした。つまり、この男もあの言いようのない感覚を知っているのだろう、と。
 
「どうやって戻ってきた?」
「ぶん殴られた。ナットに――エアポートにいた、赤毛の女だ」
 
 そりゃすごい、と俺が笑うと、バートンは決まりの悪そうな顔で肩を竦めた。洗脳された奴を正気に戻すほどのパンチなど、出来れば味わいたくないものだ。ただ俺は彼女にでかい借りがあって、もし再び会う機会に恵まれることがあったなら、おそらく一発くらいは覚悟しておかなければならないだろう。
 それどころか、俺は全世界に借りがあるといっても過言じゃないのだった。死んでも償いきれないほどの罪を犯してきたし、実際逃亡中何度も発作的に死のうとしては、途方もなく頑丈な体に絶望したりもした。いまでも多分、心底から諦めきれてはいない。
 そして意外なことに、ウィンター・ソルジャーだった頃も、時々どうしようもなく自分を消してしまいたくなることがあった。たぶんあれは、何度塗りつぶされても消えることのなかったバッキー・バーンズとしての俺の良心がそうさせたのだと思う。あのときの俺は「つらい」とか「くるしい」とか「死にたい」とか、そういう言葉が存在することは知っていても、それらがどんな意味を持ち、どんな時に使う言葉なのかを知らなかった。だからなぜ自分がそんな気分になるのか理解できなかったし、どうすればその苦しみを簡単に終わらせることができるのかを知らなかった。今の俺はその方法を知っているけれど、衝動に任せて実行に移さないだけの理性と、それを絶対に許さないだろう親友を取り戻した。……取り戻してしまった。
 
「……俺の場合、記憶はあった。やばいことをしてる自覚もあった。でも、体と口が勝手に動いたんだ」
 
 バートンはなんでもないことのような口調でそう言ったが、それもなかなかきつい話だ。何もかも塗りつぶされて機械のようにチューニングされていた俺と、まともな思考回路を残したまま操られていたバートン。どちらがよりハードな経験かは、比べる必要もないだろう。どちらも等しく最悪で、くそったれな体験だ。
 俺はぼんやりと、あの灰色の天井を思い出していた。眠りにつくまえと目覚めるとき、ガラス越しに見つめた天井の色。本当に灰色だったかは定かじゃない。ウィンター・ソルジャーとして見た景色についての記憶は、なぜかほとんどがモノクロームだった。目覚めたくないと、いつだってそう思って眠りについた。目覚めるたび見る同じ天井は、俺を消えてしまいたい気持ちでいっぱいにする。
 
「――いっそイカレたまま死んじまったほうがよかった気もするし、こうなってほっとしてる自分もいる。償えるとは思っちゃいないが、少なくとも司法の手にかかって死ねる余地は残ったしな」
 
 我ながら、わざとらしいほど露悪的なセリフだった。とてもじゃないが、スティーヴの前でこんなことは言えない。相手が出会ったばかりの、それも同じような経験をした男だからこそ、つい口を突いた本心だった。
 その言葉を聞いたバートンは、一瞬ひどくつらそうな顔をした。
 
「残念ながら、その余地はほとんど残っちゃいないと思うぜ。……俺がそうだった」
 
 自分で言っておいてなんだが、俺もそうだろうと思う。記憶の整理がついた今、俺はおそらく百件以上の殺人事件の容疑者でありながら、ヒドラの内部情報をたんまりと持った重要参考人だ。そのうえ、いまでは世界に二人しか存在しなくなった超人血清による人体改造の成功例なのだ。洗脳を完璧に解く方法が見つかり次第、尋問されるまでもなく全てを話すつもりではあるが、そのあと俺の身柄がどうなるのかは、まさに神のみぞ知る。
 俺はとりあえず肩を竦めて、飲みさしのブルックリン・ラガーを飲み干した。それから、これだけは聞いちゃいけないような、それでも聞いておいたほうがいいような気がしたことについてバートンに尋ねた。
 
「死にたいとは思わなかった?」
 
 問われたバートンは、片眉を上げて自嘲っぽく笑った。
 
「思ったさ。ただ――これでも妻子持ちでね」
 
 そうなのか、と俺は純粋に驚いた。それから、妙に納得した。言われてみれば、どこかどっしりと地に足のついた男だと思う。戦場でも、こういう男は頼りになった。守るべきものがあって、帰るべきところがある男。
 俺が驚いたのを見たバートンは、茶化すようにもう一つ笑って続けた。
 
「それと、ナットの奴にデカイ貸しがある。んで、それを返すまでは死んでくれるなと睨まれてる。どうしても俺じゃなきゃだめなことがあるうちは、血反吐吐いてでも生きなきゃならん。そう思った」
 
 それは、俺にとって最も残酷で、それでいて最も欲しかった言葉だった。
 
「そうか。――そうかな」
 
 俺の頭の中に、スティーヴ・ロジャースの底抜けに青い瞳が思い浮かんだ。
 あいつの存在だけが、死に損ないの俺をこの世に引き留めている。ホークアイを引き戻したのが例の彼女のパンチなら、俺を引き戻したのはあの底抜けに青い瞳と馬鹿みたいに必死に俺を呼ぶ声、それからあいつと交わした七十年越しの約束だ。モノクロームの世界に慣れきった目に、あの海のような青と太陽のような金色は、今思い出してもおそろしくなるほど眩しかった。
 二本目のブルックリン・ラガーを取りに行こうとして、バートンが立ち上がる。去り際、まるで丁寧さの無い手付きで頭をかき混ぜられた。戦う男の手だった。
 
「少なくとも俺は、そう思うことにしてる。……大体、首尾よく死んだところでだ。キャップの奴のことだ、地獄の果てまで追いかけてくると思わねぇか?」
「言えてるな。もとから諦めの悪いやつだったが、デカくなりやがったせいか余計タチが悪くなった気がするよ」
 
 投げ渡された瓶をキャッチしながら、俺は地獄の底まで追いかけてきて俺を殴るスティーヴ・ロジャースを想像した。業火に焼かれる俺を引きずり出した想像上のスティーヴは、あの懐かしいもやしのスティーヴだったり、ドイツで俺を救ったマッチョのスティーヴだったり、ウィンター・ソルジャーが殺し損ねたスティーヴだったりした。どのスティーヴも、こわいほど鮮やかな色をしている。地獄で見るスティーヴは、贔屓目を抜きにしてもきっと、天使のように見えるだろうと思った。地獄に乗り込んで大罪人を殴りつけるなんて、とんでもなくイカれた天使だ。
 
「なら、今更死んでもしょうがねぇよ」
 
 バートンはそう言って、諦めたように笑った。バートンの元に表れる天使は、妻か子供か、あるいはナターシャかもしれない。後者なら、スティーヴに負けず劣らずのクレイジーな天使だ。俺は衝動に任せて笑った。声を出して、腹の底から笑った。久しぶりすぎて、なんだか涙まで出てくる始末だ。
 俺はやっとの思いで、ありがとう、と言った。視界が霞んでいたので、バートンがどんな顔でそれを聞いたか、俺は知らない。