お久しぶりの更新です~!
たくさんの拍手ありがとうございます……!ロケバキ意外にも好評だったので、続き思いつき次第書いてみますね~
ステバキにもお褒めの言葉ありがとうございました!ステバキ最近全然書いてなくて、看板に偽りありって感じで我ながらこりゃいかんという気分になってきたので没ネタを引っ張り出してきました……笑
没ネタというか、だいぶ前に書きはじめたもののいっこう書き上がらず、新作が公開される度に加筆修正していたら時期を逸してしまったというか、とにかくもうこのままではいつ公開できるかわからないので区切りの良い(言うほど良くない)とこまであげちゃいます。超超超時期外れの(しかも暗い)お話です。
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変わったことはたくさんある。
あんまり寝汚いのでしょっちゅう母さんに叱られていた俺が、今じゃ朝日と一緒に起きだして朝飯の支度をしている。夏が好きで冬が嫌いだったはずが、暑さに参って秋が来るのを待ち望んでいる。月初めには欠かさず散髪に行っていた伊達男が、今じゃ髭を生やしたまま平気で買い物にも行ける。
変わることは悪いことじゃない、といつかスティーブは言った。まるで、自分自身に言い聞かせるみたいに。同時代を生きた俺ですらオールドファッションだなと思う男にそう言われると、なんだか複雑な気分になる。
つまり、スティーブは変わりたいのだろうか。
「ただいま」
俺がベーコンの上へ卵をおとすのと同時に、玄関からスティーブの声がする。丁度良く熱された油が、じゅう、と香ばしい音を立てた。
「おかえり。早かったな」
「もう、日差しが強くて」
ぐっしょりと濡れたトレーニングウェアを鬱陶しげに脱ぎ捨て、スティーブは心底うんざりとした口調で言った。ワカンダの日差しは、寒気といえども凶悪だ。暑いというよりいっそ痛いと表現したほうがいいようなこの日差しには、かつての俺も苦労させられた。トーストの焼きあがる音を聞きながら、最高のタイミングでベーコンエッグを皿へ移す。
「だから今日はよせって言ったろ?」
「おっしゃる通り」
シャワールームへ向かうスティーブを見送りながら、レタスを適当にちぎる。いかにも男の料理って感じだが、腹に入ればおんなじだ。出来合いのドレッシングを豪快にかければ、朝食は完成。これでも、初めのころに比べれば随分と手際がよくなったと思う。確かに、悪いことばかりじゃない。
簡単なテーブルメイクを終えたタイミングで、図ったようにスティーブが現れた。
「いつも悪いな」
向かいに腰掛けるなり珍しく殊勝にそんなことを言うので、俺は思わず吹き出してしまった。
「なんだよ急に。変なもん食わしたか?」
「……いいじゃないか、別に。たまには感謝しないとと思ったんだよ」
面白がって茶化すと、途端に拗ねたような顔になる。眉を寄せて難しい顔を作るくせに、首まで赤くして。昔っから、これが可愛くてたまらなかった。からかいすぎると口を利いてくれなくなるので、さじ加減が難しいのだ。その絶妙な加減を知っているのは俺と、天国にいるスティーブの母親くらいだろう。
「ありがとな。……俺こそ、世話になりっぱなしだ」
身を乗り出して、スティーブの額にキスをしてやった。昔は嫌がって逃げられたのだが、最近じゃどうも、待たれているようなふしさえある。これも、変わったことの一つだ。それが俺たちの関係をどう変えるかまでは、俺にもまだ分からない。
おとなしくキスを受け止めたスティーブの目が、ふいに真正面から俺をとらえた。言葉よりよっぽどストレートに感情をのせる視線が不満そうに俺をつらぬく。
「世話なんてしてないよ。僕が世話されてるんだし、ここはお前の家でもある」
まるで演説でもぶつかのような決然とした口調だった。こうなると堂々巡りだってことを、俺はとうに学習している。曖昧に笑って、今度は頬にキスをしてやった。
「冷める前に食おうぜ。――あ、今日からオフなんだよな?」
露骨に話題をそらした俺を、スティーブの青い瞳が恨めしそうに見る。しんと澄み切ったそこに、妙に明るい顔をした髭面の男が映った。
変わることは悪いことじゃない。ただ、そのタイミングは今じゃない。そう自分に言い聞かせるのは、もう何度目になるだろう。
「そうだけど、急になんだよ」
「まさか、忘れちゃいないよな? 明日が何の日か」
ますますふてくされたスティーブの頬をつつきながら言うと、奴は怪訝そうな顔をして口をまごつかせた。
「明日? ……独立記念日?」
「そう。そんで、お前のバースデーだろ」
これほど覚えやすい誕生日もそうそう無いというのに、当の本人は今の今まですっかり失念していたらしい。
冷め始めたベーコンエッグにとりかかる俺を尻目に、スティーブはきょとんとした顔で睫を瞬かせている。俺がいない間、誰もこいつを祝ってやらなかったわけじゃないだろうに。それこそ、国中がキャプテン・アメリカの復活とその輝かしい歩みを振り返り、盛大に讃えたに違いない。
「……すっかり忘れてたよ」
だと思った、と言ってやると、スティーブはようやく表情を緩ませて俺を見た。立派な眉がしんなりと下がると、途端に愛嬌が増す。いつもこんな顔でへらへらしてりゃあいいのに、と俺は思うのだが、本人は威厳が減るだの戦意が下がるだのと理由をつけては、妙にしかつめらしい顔ばかりをして腕を組んでいるのだった。ブルックリンのもやし野郎だった頃や、ハウリング・コマンドーズとしてナチと戦っていた頃も肩肘張ってはいたが、これほど頑なじゃなかったと思う。なんというか、あの頃のそれは虚勢だとか使命感だとか、まだもう少し人間味のある頑なさだった。今のスティーブの頑なさには、おおよそ昔は感じたことのなかったような遠さを感じるのだ。それが、俺はひどく悲しかった。
「なんか欲しいものあるか? つっても、金がかかるもんは無理だけどさ」
俺はため息のかわりにトーストを口へ詰め込みながら言った。マナーにうるさいキャプテンも、家ではさすがに顔を出さない。そのかわり、見たことのない顔をした男が突然目の前に現れ、俺をひたりと見据えて言った。
「――欲しいものなら、あるよ」
漠然と俺は、ああ、ついにこの時がきたか、と感じ、そして慄いた。
俺たちの曖昧な関係に名前を付ける時が、ついに来たのかもしれない。はじめに踏み込んだのは多分俺のほうで、それはもう八十年近くも昔のことだ。友情と愛情のサンプルに乏しいスティーブへ一方的に情を注いで、そのくせ俺はずっと、二人きりの生ぬるい楽園に胡坐をかいてきた。
だって、俺たちは最期まで一緒なのだと、あの時はなぜかそう信じて疑わなかったのだから。
「それを僕にあげられるのはお前しかいないんだけど、お前にその気がないんなら、他の物は何もいらない」
相変らず、知らない男の顔でスティーブは言った。
どこでそんな言い回しを覚えたのだろう。らしからぬ熱烈なその言葉に、俺はめまいがする思いだった。ロマノフあたりに吹き込まれたのだろうか。大穴で、ティチャラ王という可能性もある。ともかく、サムじゃないだろうことだけは確かだった。
「……スティーブ」
「くれないんだろ。わかってるさ」
スティーブが、何もかも悟ったような顔で首を振った。これも、俺が知らない顔だ。
「違う!」
俺は咄嗟に叫んだ。見ていられなかったのだ。やけに悟ったような顔をした、物わかりのいいスティーブなんて。そうさせたのは俺だとわかっていてもなお、そう叫ばずにはいられなかった。
「なにが違うんだよ」
「……だって、お前の欲しいものは、多分もうどこにもない」
そんな残酷なこと、俺だってできれば口にしたくはなかった。
俺は左腕と記憶とありとあらゆる人間の尊厳といったようななものを失くし、最近そのうちのいくつかをなんとか取り戻した。取り戻したところで、俺が空っぽの殺人人形だった過去は変えられない。失くした記憶や尊厳は取り戻せても、それを奪われた時に感じた恐怖や屈辱をなかったことにはできない。俺は確かにバッキー・バーンズだが、俺の身に起きた様々なことが、俺の人間性を決定的に変えてしまったのは確かだった。
好きで変わったんじゃない。でも、俺はもう変わってしまった。
いままで何一つとして変わっていないふうに、あたかもすべてが元通りに戻ったみたいに取り繕ってきたけれど、もうそれも限界だ。
「お前ならそう言うんじゃないか、って思ってたよ」
だから、ずっと言わないつもりだった。
スティーブはそう言って苦しそうに笑った。俺だって、そんな顔はさせたくなかった。だから言わなかったのに。
「……だから、諦めるって?」
口をついて出たのは、なぜか咎めるような響きの言葉だった。
「そのつもりはない。……諦めてほしくないのか?」
俺はその問いに答えられなかった。自分の心が見えなくて、途方に暮れる。
昔のスティーブは、いつだってたくさんのことを諦めながら生きていた。もちろん、どれほど打ちのめされようと、これ以上はどうしようもないとわかるまで徹底的に抗う男でもあった。俺はそんなスティーブの姿をずっと見てきた。だから、スティーブにはもう何も諦めてほしくないし、戦う前から負けを認めるような姿なんか見たくはない。でも、スティーブにこんな顔をさせているのは、俺なのだ。
かつての俺はもっと単純な男だったはずで、いつだって何かに夢中だった。それは次のボクシングの試合に勝つことだったり、四つ上のブロンド美人とデートの約束を取り付けることだったり、堅物のスティーブをビーチに連れ出すことだったり、とにかく色々。やりたいことは沢山あって、悩みいえば金のこととスティーブの無鉄砲、その日の昼メシ。本当に、それくらいだったのだ。
スティーブは変わった。でも、俺も変わった。変わってしまった。
「なあ、バック。僕は――怖いんだ」
スティーブの声は震えていた。何か言わなくては、と思う気持ちだけが空回る。咄嗟に動いた左手がテーブルの上のフォークを弾き、耳障りな金属音を立てた。
「……いまだに、夢の中でお前の手を掴み損ねる」
「あれは」
「僕のせいじゃない、だろ? わかってる」
スティーブが弱弱しく笑う。
「わかってるし、僕もそう思いたい。――でも、駄目なんだ」
両手で顔を覆ったスティーブは、胸のつかえをそっと取り除くように細く長いため息を吐いた。人生に疲れ切った男のため息だった。
「今度こそはと思って谷底に落ちたお前を探しに行くと、次は僕の目の前で塵になって消える」
「……よせ、スティーブ」
思わず口をはさんだ俺を、スティーブのくたびれた両目が映す。それ以上はよせ、言わせないでくれ、と俺は心の中で何かに祈った。何でもよかった。とっくに信じることをやめたイエスさまでも、ワカンダの守り神でも宇宙から来た雷男でも、何でもいい。とにかく、スティーブをこれ以上苦しめたくなかった。その原因が俺だという事は承知のうえで、俺は祈った。
俺の祈りが、誰かに通じたためしなんてなかったのに。
「お前を失いたくない」
「やめろ」
「もう二度と」
「……やめてくれ」
「じゃないと、僕は」
「スティーブッ!」
「お前がいない世界で、どうやって生きていけばいいのかわからないんだ」
