没ネタ供養(ロケバキ)

ちょっとまえにツイで冒頭だけ公開したロケバキ、あれからちょっぴり筆が進みましたがしかしもう心が折れました……つづきが思いつき次第加筆しますん

 宇宙のじつに半分の生き物が消しとび、いろいろあったすえにすべてが元通りになった一連の大騒ぎのあと、ガーディアンズと名乗る宇宙人達はしばしワカンダに逗留することになった。そのうちの数名にはバッキーも見覚えがある。木とアライグマだ。どちらも二足歩行をし、英語と思われる言語を操る。はじめはついに幻覚を見るようになったかと自分の正気を疑ったりもしたが、どうやら彼らはちゃんと実在したようだった。
 
「おっと、見つかっちまったか」
 
 昼寝から目覚めたバッキーは、自分の左肩にしがみつくアライグマを訝しく見た。まるで人間のように表情豊かなアライグマはぺろりと舌を出し、片方の前足で気まずげに頭をかいている。それだけで全てを察することが出来たバッキーは、わざわざ言ってやるべきかどうかすこし悩んで、端的に事実だけを告げた。
 
「この腕は外せないぞ」
 
 この国の技術者以外には、と続けると、アライグマはふんと鼻を鳴らしてバッキーを見たあと、肩の接合部をまじまじと検分しはじめた。どうやら、堂々と奪い取る作戦に切り替えたらしい。万が一外されてしまったとしても力ずくで取り返す自信があったバッキーは、とりあえず彼の好きなようにさせてやることにした。
 どうやら、ワカンダのテクノロジーは宇宙人相手にも通用するようだった。アライグマは五分も経たず地面へ降り、ふんと鼻を鳴らして地面を睨んだ。
 
「……早く言えよな、まったく。無駄骨だったぜ」
 
 言っただろ、と腹のなかで文句を返し、よいしょと上半身を起こす。寝乱れた長髪をぞんざいに纏めながら、目の端でふてくされたアライグマのちいさな頭蓋骨を見た。正直言って、あまり可愛くはない。そのうえ、平和ボケした現代人よりよほど抜け目が無さそうだった。現に彼のポケットやポーチの隙間から、見覚えのある品物がいくつかこちらを覗いている。
 バッキーが子供の頃、ブルックリンの路地裏にはこんな子供がたくさんいた。移民の子供が親を亡くすと、おおかたこんなふうに摩れた人間が出来上がる。スティーブのように、世間の残酷さを目の当たりにしてなお真っ直ぐなままいられる人間は稀だ。だから彼は伝説になった。
 
「……お前、名前は?」
 
 そう尋ねると、アライグマは妙な顔をしてバッキーを見上げた。自分よりよほど人間らしいな、と思いながら、バッキーも首を傾げて彼の訝しげな瞳を見る。
 
「知ってどうする」
「どうって、アライグマ呼ばわりじゃあんまりだろ」
 
 バッキーとしては、ごく当たり前のことを言ったつもりだった。自分の頭で物を考えてしゃべるのだし、名前くらいはあるだろう。ヒドラにいたころのバッキーには名前がなかった。「兵士」と漠然とした名前で呼ばれ、自分の頭で物を考えず、任務に関係すること以外はしゃべらなかった。
 
「……そう思わないやつのほうが多い」
 
 アライグマがぽつりと言った。バッキーは「そうか」とだけ返した。そういうこともある。相手を見た目でしか判断できないやつはどこにだっているし、自分よりちいさなものを尊敬できないやつは多い。その点、ソーは面白い男だった。「ウサギ」などと彼を呼ぶくせ、その目にはきちんと戦士への尊敬の念がある。彼の立場とその長い生を思えば、見た目の差違や呼称などはとるに足らない些末なことなのだろう。
 
「――ロケットだ。そう呼べ」
「俺はバッキーだ、ロケット。バッキー・バーンズ」
 
 所在なさげに垂らされたちいさな前足を右手でつまんで握手にかえると、ロケットはまた妙な顔をしてバッキーを見上げた。
 
 
 その晩、バッキーは久しぶりに嫌な夢を見た。
 研究所とか、実験室とかいう言葉は嫌いだ。同様に、科学者とか研究者とかいう手合いも。そのトラウマはシュリが解消してくれたと思い込んでいたけれど、やはり、四角四面の白衣姿はいまだ悪夢にあらわれる怪物の特徴のひとつだった。
 夢の中で、バッキーはいつも何かを延々と叫び続ける。今回は、首に巻かれている機械が冷たいのが無性に嫌で、いやだ、はずしてくれ、としきりにロシア語で捲し立てていた。はずして、はずして、と叫ぶバッキーをぶつスーツ姿の男と、それを見て笑う白衣の男。こちらへ銃口を向け、英語で怒鳴る武装した男。バッキーの中の冷静な部分が、これは比較的最近の記憶だな、とぼんやり思った。
 目が覚めると、陽はまだ昇っていないようだった。ワカンダの夜は、昼間の陽気が嘘のようにぐっと冷え込む。横になったまま寒さに軋む左肩を何度か動かしていると、ふいに、今夜はずいぶんと珍しい客が訪れていたことを思い出した。
 昼に名乗りあったばかりのアライグマ――もとい、ロケットの湿った鼻先が右手に触れる。なんでこっち側に、と思いながら、元は左肩を覆うのに使っていた布を枕元からたぐりよせ、すぐそばにある小柄な体に掛けてやった。
 一度はバッキーの左腕を諦めたかに見えたロケットだったが、どうやらそれはこちらの油断を誘う演技だったらしい。困りはてたバッキーは「もう寝るからあとは勝手にしろ」と言い置いて先に休んだのだった。左腕はバッキーについたままで、見る限り目立った損傷もない。ひとまずは安堵し、それから、寝直そうとブランケットを首元までたくしあげたところで――ちょっとしたアイデアがバッキーの脳裏をよぎった。
 結論から言うと、バッキーは翌朝それをひどく後悔することになる。
 
 
 柔らかい髪の感触が鼻をくすぐり、バッキーはつい「……スティーブ?」と昔馴染みの名前を呼んだ。返事がないことを訝って薄目を開けると、そこにあるはずのくすんだブロンド頭はどこにもない。正確には、くすんだブロンド頭のかわりに、くるくるとカールしたブルネットの頭があった。
 驚きのあまりまぬけな大声をあげそうになったバッキーは、けれど元伝説の暗殺者らしく瞬時に気配を殺し、散歩の途中でヘビと出くわした猫のようにすばやく全身を緊張させ、ひといきに壁際へと飛び退さった。
 寝起きの頭を必死にめぐらせ、バッキーの寝床に忍び込んだ謎の生物を観察する。見るからにワカンダの人間ではない。スティーブの仲間でもない。そもそも、人間なのかどうかすらも怪しい。とすると宇宙人か――ここ数年で宇宙人の知り合いが急増したバッキーは、まず第一にその可能性を疑った。あのガーデンズとかいう宇宙人達の中に、こんなハンサムな男がいただろうか。――そう、ハンサム。突如としてバッキーの寝床に現れたブルネット頭の侵入者は、地球上を探し回っても滅多にお目にかかれないほどのハンサムだった。仮に彼が地球人だとすれば、見た目の年齢はバッキーよりもやや年嵩だろう。尖った顎と鼻先からはどことなくラテン系の血を感じる。重ねて言うが、もし彼が地球人であれば、の話だ。
 静かに混乱するバッキーをよそに、謎のハンサムが気持ち良さそうに寝返りを打つ。その拍子に裸の肩が剥き出しになって、バッキーは訳もなくどきまぎとした。ハンサムなだけでなく、体格もいい。そのハンサムを、バッキーは一晩中抱きしめていたことになる。
 そこまで考えて、ひとつ思い当たるふしがあった。
 昨日の夜のことだ。夜中にふと目を覚ましたバッキーは、地べたに素のまま横たわるロケットを不憫に思った。そこまではいい。悪い夢を見たせいか、はては単に寒さが堪えたからか、それともその毛皮の感触が気になったのか。自分でもよくわからないが、とにかくバッキーはロケットを自分のブランケットへと引きずり込み、暖房代わりに抱えて寝たのだった。そのロケットの姿がない。ということはつまり、だ。
 お姫様のキスで人間に戻るのは、カエルにされた王子様だ。宇宙アライグマじゃない。だいいち俺はお姫様じゃないしキスもしてねえ、と内心悪態をついたところで、遠い昔にスティーブから指摘された癖のことを思い出した。いわく「お前、いい加減テディベアを抱いて寝るのはよせよ」というのは前置きで、「そのうえ寝ながらキスまでしてた。あれはどうかと思うよ」――あれは確か十代の中頃だったと思うが、確かにバッキーはルーマニアにいる祖母から贈られたテディベアをずっと大切にしていて、そのいまにも取れそうな鼻先におやすみのキスをしてからベッドに入るのが長年の習慣だった。もう何十年も会っていないが――いや、だからどうだというのだ。バッキーは人より少しばかり力が強くて丈夫な体を持っているだけで、魔法だの超能力だのといった類の事柄とは全くの無縁である。そのバッキーのキスでアライグマが突然人間の姿になるわけもない。
 いや、まずは誰だっていい。その正体はあとで本人から聞くとして、いまは身柄だけでも押さえておいたほうがいい。バッキーは長年培った物騒な思考回路でそう判断し、部屋中の紐という紐、布という布をかき集めた。
 ――よし、縛ろう。
 
 
つづく?