乗り遅れ感すごいですけどいまめちゃくちゃ熱いので冷めないうちに!勢いで書いたから多分致命的なミスがたくさんあると思います!間違い探しだ!
■
一度だけ、彼を遠目に見たことがある。たったの一度だ。
あの年は一年を通して日照りが続き、どの蔵でも葡萄酒の出来が格別だった。それを船へ載せられるだけ載せ、湖から川を上って鬱蒼と茂る闇の森へと運ぶ。遠浅の難所はいくつかあるが、慣れてしまえば実に稼ぎのいい、旨い仕事だ。とくに今年は――と浮足だって漕ぎ出したバルドだったが、いざ船着き場へ着いてみれば、いつになく大勢で現れたエルフたちは皆一様にぴりぴりと張りつめており、ようやく少年の域を出たくらいの年頃だったバルドでさえただ事ではないとすぐに察せられるほどだった。
不思議に思いながらも酒樽を岸にあげ、品物を検めさせ、そして、いくばくかの金貨を受け取る。エルフのことはエルフのこと。知らぬ存ぜぬと足早に船へ乗り込んだところで、ふと呼び止められた。「――人の子よ」と、涼やかな、けれどこちらの腹の底が震えるような低い声で。いつの間に現れたのか、弓兵がつくる人垣のむこうに、奇妙な形の角をもった鹿と、それに跨ってこちらを見下ろす麗人の姿があった。「大儀である」とたったそれだけ。その一言で、彼が誰であるかを悟る。
それほどまでに、彼の言霊には底知れぬ力があった。
■
「――さあ」
促されるままに濃い黄色の天幕をくぐったものの、バルドの緊張がほどけることはない。かつては遠目に眺めることさえ滅多に叶わない存在だったスランドゥイルが自分を手招き、「バルド」と呼んだ。そして「竜を射殺した者よ」と。
闇の森の岸辺で、そうとは知らずにかのトーリン・オーケンシールドを匿った。その彼らが竜を目覚めさせ、町が焼かれた。その竜を射殺したバルドを、町民たちは新たな指導者と仰いだ。つい昨日まで、男やもめのしがない船頭だったバルドを。そして、いまは一軍の将としてあのスランドゥイル王と馬を並べ、彼の天幕に招かれるまでになった。
陳腐な言い回しだが、何もかもまるで夢のようだ。しかし正直なところ、あまり心地のよい夢とは言えなかった。――まして、トーリンのあの異様な相貌を見た後では。
「顔色が優れぬな」
「いえ、そのようなことは……」
「よい。無理からぬことだ」
滑らかな手のひらがバルドの言葉を遮った。その手の白さとたおやかさに目を奪われる。
「人の子の歩みで、あの道程はさぞ難儀だったであろう」
言葉そのものは同情と憐れみに満ちていたが、その声音はひどく平坦で冷ややかだった。そこから儀礼的な振る舞い以上の意味を見出すことは難しい。けれどそれを冷酷だとか傲慢だとか、そんなふうに詰るほどバルドは恩知らずではなかった。スランドゥイルから贈られた糧がなければ、戦がなくとも三日と持たずに新たな死者を出していただろう。その真意がなんであるにせよ、施しは施しだ。
「……改めて、先だってのご厚意に感謝申し上げます」
跪き、頭を垂れた。汗や脂、煤、泥に塗れ束となった己の黒髪が視界の端に落ち、暗澹とした気持ちになる。
バルドの立場を大きく変えたすべての出来事は、何もかもがほんの数日の間に起きた。その間一度も体を清めておらず、服も替えていない。当然、それどころではなかったのだ。焼け出された町民でひしめく廃墟のあいまを慌ただしく駆け回っている分には気にならなくとも、戦場にあってなお煌びやかなスランドゥイルを前にすれば、否が応にも気後れしてしまう。
「湯を持たせよう」
内心を読んだかのようなスランドゥイルの言葉に、バルドはますます恐縮した。すかさず固辞しようと顔をあげたバルドの目の前に、つくりものめいた美しい顔が迫る。
「そう畏まらずともよい、いずれ王になる男よ」
その言葉に背筋を強張らせたバルドを見て、スランドゥイルがようやく表情らしい表情を浮かべた。バルドの思い違いでなければ、ひどく愉快そうだ。
「……あれを見たあとでは、さぞ重かろうな」
あれ、とは、間違いなく山の下の王の狂態のことだろう。強張った背筋に冷たいものが落ちる。
いびつな城壁の隙間から覗く、あの薄青い両目が未だに忘れられなかった。あれは狂人の目だ。竜の呪いがべっとりと染み付く財宝にとりつかれた、憐れな男の目。そしてバルドとスランドゥイルは明日、彼からその呪われた財宝を奪うべく民に武器を取らせるのだ。
「なにも言わずともよい」
黒々とした豊かな眉を寄せ、憐れみと慈愛の籠った顔で笑う。そして、その長い指でバルドのざらついた顎を掬った。恐ろしく冷ややかな指だ。
「――っ、」
言葉にならない声が漏れる。この世のものとは思えない美貌が、バルドのすぐ目の前にあった。吐息を感じるほどの距離で、スランドゥイルが再び笑う。ほんの短い時間だったろうが、バルドには永劫にも感じられた。
「よい目だ」
それだけ言うと、スランドゥイルは音もなく立ち上がった。その後ろに湯気の立つ盥を抱えたエルフがひとり、替えの衣を携えたエルフがひとり、二人そろって能面のような顔で直立している。
「何者も、磨かねば光らぬ」
悠然とバルドを見下ろし、スランドゥイルが言う。その言葉の真意をはかれぬまま、バルドはただ茫然と彼を見上げた。
