もや+バキ

いろいろ整理してたら出てきました。これのおまけ?
もうちょっと対になる感じにしたくて試行錯誤した結果、お蔵入りにしたんだったと思います。でも勿体ないからあげちゃう。
遅く起きた朝は
「ーー起きろよバック、この怠け者め」
おまえは俺のママか、という文句が喉まで出かかった。それをすんでのところで押し留めたのは、ひとえにここがスティーブの家で、バッキーが独り占めしているベッドがスティーブのものだったからだ。
「起きるよ、起きる。……あと五分したら」
「そう言ってお前が起きたためしがない」
スティーブの硬質な声がささやかなおねだりを突っぱね、バッキーの上からブランケットの温もりが消える。ひい、と悲鳴をあげて縮こまったバッキーを、細い腕が二度三度と揺すぶった。
「ほら、起きろって。もう八時だぞ?」
「……まだ、の間違いじゃないのか? 今日は日曜だろ?」
バッキーはなおもめげずに枕を抱き寄せてぶちぶちとぐずった。あまり信心深いほうではないバッキーは、信徒の鑑のようなスティーブと違い、二日酔いの朝にミサへ行ったりはしない。
「神様だってきっと、こんなに酒臭い男はお断りだ……」
「コロンをたっぷり振っていけよ。ダンスホールに行くときみたいに」
体格のわりに大きなスティーブの手が、猫のように丸まったバッキーの背中を叩く。あまり痛くはない。
「……お祈りよりも、パンチの練習をしたほうがいいんじゃないか」
「うるさい」
「拗ねるなって」
「拗ねてない」
スティーブはそう言うけれど、その声はあきらかにむっとしていた。ここで可愛い親友の機嫌を損ねるのは得策じゃない。
「ごめんって。……あ、そうだ」
「なんだよ?」
「お詫びにさ、お前に眠っているバッキー・バーンズを描く権利をやるよ。三時間描き放題」
「いるかそんなもの」
「ひどいな、相当なレアものだぞ……」
「どこがだよ」
スティーブが笑ったので、バッキーはようやく重い頭を持ち上げて目を開いた。なんとなくだけれど、唐突にスティーブの顔が見たくなったのだ。あんまり上手じゃない笑い顔が、さんさんと差し込む朝日を背負ってバッキーを見下ろしている。
「笑うなよな、最高の提案だと思ったのに……」
「馬鹿いえ。こんなひどい顔、誰が描くかよ」
失礼な、と反論しようとしたバッキーの頬を、スティーブの指が遠慮なくつまんだ。やっぱり痛くはない。でも、バッキーはこの指が好きだった。
「……お前がキスしてくれたら、起きようかな」
「わかった。一生寝てろ」
バッキーの悪ふざけをスティーブが買う。
「そんなこと言って、俺がほんとうに一生起きなかったらどうするんだよ?」
茨のお城の眠り姫みたいに、なんて自分で言ったくせに、それはあんまりな連想だった。ぷんぷんと酒の匂いをさせた無精髭の眠り姫なんて、この世のどんな王子様だって願い下げだろう。
どんなひどい文句が返ってくるかな、と思いながら見上げたスティーブが、不敵に笑ってシーツを掴む。
「叩き起こすさ。――こうやって!」
スティーブが言い終わるよりさきに、バッキーの口から潰れた悲鳴が上がった。床に強か打ち付けた尻を擦りながら、腰に手をあてて得意気にしているスティーブを見る。
「お前っ――!」
「さすがに目が覚めただろ?」
シーツごと冷たい床に引きずり降ろされたバッキーは、ああもちろん、と頷き強烈に痛む頭を抱えた。さっきのパンチは、あれで結構加減をしてくれていたのだと思い知る。
「次はとっておきのパンチを用意しとくよ」
「いいね。楽しみだ」
「言ったな」
そう言って不敵に笑うスティーブの目元が、朝日を弾いてきらきらと光った。スティーブは太陽が似合う。ひどい時は一週間もベッドで寝たきりになることだってあるスティーブだが、それでもバッキーはずっとそう思っていた。陽の光を浴びたスティーブのブロンドは、ほかの誰よりきれいに光る。瞳は今日みたいな晴れた朝の空の色だし、その空の色を反射して光る海の色だ。
「――なあ、スティーブ。頭痛が治まったら出かけようぜ」
「急だな。どこにだよ?」
「景色のいいとこならどこでも」
いいよ、とスティーブが言う。スケッチブックを持てよ、とバッキーも笑いながら言った。
「起きてるバッキー・バーンズ、三時間描き放題」
「いらないったら」
おわり